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長崎~唐津の旅②

3日目、ホテルをチェックアウトした後、まずホテルの隣にあった「文明堂総本店」でお土産として”特選カステラ(和三盆)”を買い、それからすぐ目の前にある大波止電停から長崎電気軌道に乗って長崎駅まで行き、そこでまたお土産を買ってから、AM9:20頃の”特急かもめ”に乗って唐津へと向かいました。

途中、佐賀で唐津線へ乗り換え、11:40頃唐津駅へ到着。しかし、駅周辺には食べる場所があまり無く、仕方なく駅構内にあったラーメン屋で昼食をとる事にしました。一応、”佐賀ラーメン”と謳っていましたが、”福岡ラーメン”と”熊本ラーメン”の”中間”といった所でしょうか? 結構、味は良かったと思います。

昼食後、バスの便があまりよくなさそうなので、歩いて唐津城まで向かいました。途中、”唐津神社”という結構由緒正しそうな神社がありましたので、参拝する事にしました。

唐津神社






唐津神社

唐津神社:”主祭神”は、”一の宮”が住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)、”二の宮”が神田宗次公、”三の宮”が水波能女神。社伝によれば、三韓征伐に際して航海の安全を住吉三神に祈願した神功皇后が、帰朝の後に報謝のため松浦の海浜に宝鏡を縣けて三神を祀ったのに起源を持ち、天平勝宝7年(755年)に、時の領主であった神田宗次が神夢により海浜に赴くと、漂着してきた宝鏡入りの筺を得たので、神功皇后の捧げた鏡であろうと帝に奏聞したところ、9月29日に「唐津大明神」の称号を賜ったという。明治6年(1873年)に郷社に列し、これを機に現在の”唐津神社”に改称。 

そこから、10分ほど歩いた所にこの日の”メイン目的地”であった”唐津城”があるのですが、この日はあいにくの雨(悲)次第に雨足が強くなりつつあった所でようやく到着。”天守”は小高い丘の上にあるため、天守のある”唐津城公園”までは”エレベーター”で上がる事にしました。

唐津城








唐津城

唐津城からの絶景






唐津城から見た絶景(奥にある浜は現地の景勝地:虹ノ松原)

唐津城:唐津一帯を領す事になった豊臣秀吉の家臣・寺沢広高が、”関ヶ原の役”で”東軍側”についたため、”肥後天草12万3千石”を賜り、それによって慶長9年~13年の間に唐津に築いた平山城。しかし、後を継いだ子の堅高は”島原の乱”を鎮圧出来なかった責任によって天草領を没収され、その事を悔やんで自害。跡継ぎがいなかったため寺沢家は改易。以降、大久保家、大給松平家、土井家、水野家、小笠原家が城主となり、明治維新とともに廃城。現在の建築物は昭和41年(1966年)に文化観光施設として再建された模擬天守(5層6階(地下含む)複合望楼型天守)。

内部は、唐津城に関する”資料館”になっていて、予想以上に数的にも結構多くいい品物が展示されていました。そして、海に面した城だけあって、最上階からの景色は絶景でしたが、残念ながらその頃かなりの”大雨”になっていたため、晴れていればかなりいい景色なのだと思います。

雨が中々止みそうではないので、大雨の中ホテルに向かい、まだ”チェックイン”には早かったので、ホテル付近のコンビニで雨宿りした後、ホテルにチェックイン(ちなみに、ホテルが近くでよかった(安心))。

とりあえず、雨に濡れていたので、時間は早かったですが風呂に入る事にしました。風呂から出て、服が乾くまで部屋で休んだ後、雨が上がった所で再び外出。とりあえず浜辺へ出て、浜辺から城の写真を撮った後、問題の”夕食”のために駅方面に向かいました。

しかし、だいぶ駅付近へ歩いた所に一軒の居酒屋を発見。入り口に置いてあった”品書き”の中に”かんぱちカマ塩焼”というメニューを見つけたので、その店へはいることにしました。時間が結構速かったのでまだ店内には人があまりいなかったのですが、メニューの中に”ケース内の刺身全品450円”と書いてあったため、その中から”かんぱちづけ刺身”を注文し、”かんぱちカマ塩焼”も注文。ここら辺はカンパチがよく捕れるのだろうか? どちらも、絶品でしたね。で、お腹を落ち着かせるために”ご飯もの”を頼もうと思ったのですが、メニューの中にある”ピザForトルティア”というのがとても気になったためにそれを注文。まぁ、読んで字の如く、”トルティア生地(タコスの皮)”の上にピザの具が乗ったもので、通常のピザより結構あっさり目の口当たりだったためとても美味しかったです。

食事を終えると、ホテルへ歩いて戻り、テレビを見た後早めに就寝。翌日、サービスのパンとコーヒーを食した後、AM8:30頃にホテルをチェックアウト。9時台前半の電車に乗って博多へ向かいました。しかし、この唐津線、実は”絶景列車”だという事をその時に知ったのです! まぁ、写真は撮っていないので載せられないのですが(汗)、まず、唐津城から遠方に見えた”虹ノ松原”付近を横切り、そこからはほとんどが”海沿い”で、しかもこちらの海は水が澄んでいて綺麗だった事と、この日の午前中は晴れだったので博多に限りなく近くなるまで”絶景続き”だったのが非常に嬉しかったです。

10時半頃博多に到着。荷物をコインロッカーに閉まった後、バスで中洲方面へ向かい、そこで少しブラブラした後、昼頃に「かろのうろん」といううどん屋で昼食をとる事にしました。どうも、最近テレビなどでは「博多は本当は”ラーメン”でなく、”うどん”の街」という事を奉じられているため、うどんを食べる事にしたのですが、”メディア”の影響かどうかはわかりませんが、かなりの混雑ぶりでした。されどうどんですから結構早く運ばれては来たのですが、ちょっと予想していたのと違って結構ありきたりのうどんでした。実は、日本テレビ系列で放送されている「カミングアウトバラエティ!! 秘密のケンミンSHOW」で、「うどん討論会」という企画があり、その中で武田鉄矢が紹介していたうどんは麺が太めで柔らかいうどんだったのです。でも、それはどうやら別の店のうどんだったらしく、通常の博多のうどんは結構普通のうどんだったようです。僕は”肉うどん”を頼んだのですが、汁は見た目と違って結構コクがあり、麺は比較的細めながら意外とコシもあって結構美味しかったです。それに意外と”ボリューム”もあったので、その後”ラーメン”も食べようと思ったのですが、食べられそうもないので、天神方面まで歩く事にしました。

博多のグルメ街というと”天神”だと思っていたのですが、どうやら中洲の方が食事処がたくさんあって、天神へ向かう程”ビジネス街”になってしまって食事処が見当たらなくなりました。もっと別の場所にあるのでしょうが、ちょっとトイレにも行きたかったので、仕方なく地下鉄天神駅から博多へ戻る事にしました。

その後、付近を散策した後、新幹線の改札付近に”焼きラーメン”の店を見つけたので、そこでもう一度食事をする事にしました。僕は”コンビニ”等で売っている”焼きラーメン”は食べた事があるのですが、”本物”を食べた事がなかったので、予想以上に美味しかったです。あれは、もしかすると”ラーメン”よりも病み付きになるかもしれません。

PM3:00、新幹線に乗って博多を後にしました(終わり)。
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  1. 2011/08/17(水) 20:03:34|
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