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彦根・安土・関ヶ原の旅②

5月3日、朝食を済ませてからAM8:25頃ホテルを出発し、彦根駅から安土へ向かいました。安土駅へ到着すると、そこから徒歩で約20分かけて安土城祉へ向かいました。安土城登城口に到着すると、驚いたのが通常であれば”城祉(建物が保存されていない城あと)で”拝観料”を取られる事は無いんですが、ここは何と言ってもあの織田信長が築いた”天下の安土城”ですからきっちり”拝観料500円”を取られてしまいました(汗) 更に、城祉内に所在するかつて信長が自分自身を祀った寺として有名な”総見寺”もまだ現存しており、そこの拝観料を含めて1000円払う事になりました。

しかし、やはり安土城は登城口付近から既に中央に階段(大手道)が中腹に向かって伸びていて、その両脇に石垣の段が上に向かって続いていて、まるで”インカの遺跡”を見ている感じがしました。途中には”伝前田利家邸”、”伝羽柴秀吉邸”があり、そして、総見寺へ入り、中で茶菓子をご馳走になりました。ちなみに、中には”信長木造”はありましたが、さすがに”盆山(信長のご神体)”はありませんでした。

安土城登城口






安土城登城口付近

安土城 伝羽柴秀吉邸跡






伝羽柴秀吉邸跡

伝前田利家邸跡






伝前田利家邸

総見寺






総見寺

総見寺を出てから、中央の階段を登り切り、更に10分程上っていった所にようやく”本丸”があり、その手前にある”信長廟”を参拝してから、本丸を抜けてようやく”メイン”である”安土城天主跡”に到着。現存する城の天守と比較すると、そのスケールの大きさに度肝を抜かされてしまいました。”天主台”一つで一つの”郭”が形成出来るほどの大きさでした。

信長廟






信長廟

安土城天主台






安土城天主台

天主台内部






天主台内部

安土城:1576(天正4)年、足利15代将軍義昭を京から追放し、室町幕府を滅亡させた織田信長が、近江六角氏の居城・観音寺城の支城のあった安土山に築いた山城で、日本史上初の高層建築物”天守(安土城の場合は”天主”と呼ばれた)”と”完全石垣土台”を備えた城とされ(無論、”異説”もあって、岐阜城が最初だと言う説もある)。しかし、1582(天正10)年、信長が京・本能寺にて重臣・明智光秀に討たれると、その娘婿(妹婿とも)明智秀満に占拠されますが、”山崎の戦”にて光秀が羽柴秀吉に討たれると、秀満は退却し、その後、天主や周辺建造物が消失。以後は信長の嫡孫・三法師(後の秀信)が入城するも、1585(天正13)年、秀吉の養嗣子・秀次が”八幡山城”を築城したため”廃城”。

安土城を下りると、今度は「文芸の郷 信長の館」へ向かいました。現地へ到着すると、「信長の館」にはいる前に隣接する「文芸の郷レストラン」で昼食を取る事にしました。そこで、豚肉をたまねぎ、ピーマン、にんじん等の野菜と一緒に炒めて、その上にゴマの削ったものをふりかけた「豚肉戦国焼き定食」を注文したのですが、これはこれで中々美味しかったです。

昼食後、「信長の館」へ入館。安土城の5階と6階部分を復元した建造物が展示されており、その内部も見事に復元されておりました。”黄金”で張り巡らされた”豪華絢爛”な造りになっていて、壁・襖・天井等に描かれた絵は、”仏教”の世界観が描かれており、また”外観”は”神道”、”仏教”、そして”キリスト教”の様式を融合した造りになっていて、これこそが実は信長が思い描いていた”宗教観”だったのではないでしょうか。すなわち、信長の頭の中には”宗教統合”という概念があって、これまで言われていた”無神論者”ではなかったのではないでしょうか(”比叡山派”や”本願寺勢力”は信長の”宗教観”を否定したために弾圧を受けたのではないでしょうか?)。

信長の館 1階






安土城5階部復元展示物

信長の館 2階






安土城6階部復元展示物

「信長の館」を出ると、隣接する「安土城考古博物館」へ入りました。”縄文時代”から”古墳時代”の琵琶湖周辺の遺跡から発掘された品々や、”安土城”に関連する品々が展示され、特に琵琶湖周辺にあるせいか”水道施設”を象った埴輪が数多く展示されていましたが、中でも、当時の”水道施設”をそのまま再現した埴輪も展示されていたのですが、もし当時そのような”水道施設”が存在していたのだとしたら、”古墳時代”にはもはや”古代ローマ”並みの技術が既にあった、という事にならないでしょうか?

「安土城考古博物館」を出ると、最後に安土駅付近にある「安土城各資料館」へと向かいました。安土城の20分の1の模型が再現され、その断面も見る事が出来ます。内部には”吹き抜け”があり、現在の”六本木ヒルズ”の設計家も真っ青になるぐらい信長の”発想力”と”先見性”がいかに優れていたかが伺えますね。

安土城模型








安土城模型

安土城模型断面








安土城模型断面

尚、この資料館では200円均一の”飲み物割引券”が付いており、それでコーヒーを一杯飲んで資料館を後にしました。

それから、電車で彦根駅に向かい、前日寄る事が出来なかった”夢京橋キャッスルロード”へ行って、おやつを食べたり、網や下を買ったりしてから、ホテルへ戻り、再び外出して駅の近くにある「彦一」という居酒屋で夕食を取る事にしました。

滋賀県に来たら一度は口にしなければならないと思い、”フナ寿司”を注文。料理が運ばれてきて、恐る恐る口の中に入れてみましたが、意外といけました。他には”近江牛のユッケ”、”山菜の天ぷら”を注文し、ビール1杯、日本酒2杯、サワー1杯飲んで、隣の”近江チャンポン”の店が気になったので、その辺で”お愛想”にして、隣の”近江チャンポン”の店に直行。実際頼んでみると、出てきたのは関東で言う所の”タンメン”でした(汗) でも、関東のタンメンと違って”麺”は”平打ち麺”ではなく通常の麺で、スープも結構澄んでいてあっさりしていて美味しかったです。

その後、ホテルに戻り、風呂へ入り、洗濯物を”コインランドリー”で洗う等してから床へ就きました。(③へ続く)
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  1. 2010/05/05(水) 15:24:19|
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