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伊那・高遠への旅②

二日目、朝食のバイキングを食べた後、8時半頃チェックアウトして伊那駅へ向かい、バスで再び高遠へ向かいました。今度は”温泉”に入る事が目的で高遠へ行きました。高遠駅へ到着した後、「高遠さくらの湯」という温泉施設へ向かったのですが、時間が少し早かったため、近くにある”蓮華寺”へ行く事にしました。”蓮華寺”という寺は、あの絵島の墓がある寺です。絵島は配流後”出家”し”日蓮宗”へ帰依したようですが、”蓮華寺”の名が示すようにこの寺は日蓮宗の寺です。しかし、前日のバス乗り遅れの”トラウマ”に加えて”便意”も催していたため、”絵島の墓”には寄らずにすぐに寺を後にし、「さくらの湯」の第二駐車場内にあるトイレへよってから、「さくらの湯」へと向かいました。

浴室の中へ入ると、”内湯”と”露天風呂”があり、”内湯”は通常の風呂の他に”ジャグジー風呂”がありました。”泉質”は”アルカリ単純泉”という事なのですが、正直な感想は「ただのお湯?」と思わせるぐらいの”無色無臭”で、浴槽やお湯の排出口が変色していなかった所を考えるとちょっと”怪しさ”を感じました。最近この手の温泉は少なくないですからね。まぁ、”雰囲気”さえ味わえればそれでよかったのかもしれませんが、少々物足りなかったのは否めません。

昼前のバスに乗って伊那に戻り、昼食を取ろうと思ったのですが、”日曜日”だった事と、やはり潰れた店が多いせいか、ほとんどの店が閉まっていたので、とりあえずお土産やでお土産を買い、本数の少ない飯田線に電車がある内に乗って岡谷へ向かったのですが、こんな時に限って今度はただでさえ本数が少ないのに”故障”か何かで電車が15~20分程遅れる有様(汗) しかも、電車が発車しても”ノロノロ運転”で正直イライラしました。本当に”踏んだり蹴ったり”です(悲) 

岡谷駅に到着するや、すぐに駅を降りて”食べる所”を探し、デパートの中に”大衆レストラン”があったのでそこへ入り、伊那地方の名物の一つ”ソースカツ丼”を食べる事にしました。”大衆レストラン”ですが、味は中々で、肉もそこそこ美味しかったし、ソースもいい感じの甘さで美味しかったです(値段は少し高かったが(汗))。けど、まぁ、”ローメン”と”ソースカツ丼”の二大名物を食べられただけでも本望と言うべきではないでしょうか。

しかし、このまま帰る訳には行きません。まだ、時間には余裕があります。で、実は”高遠”と因縁深い地が近くにあります。”諏訪”です! 以前から、上諏訪駅の近くにある諏訪氏の居城”高島城”には行ってみたかったのですが、せっかくの機会なので行く事にしました。本当は、高遠城同様”桜の時期”がいいようですがね。高遠氏は諏訪氏の一族で、諏訪大社の”大祝(おおほうり:諏訪大社の神官の最高位で、いわゆる”現人神”と同等の位の神官)”の座を常に狙っており、そこを隣国・甲斐の武田晴信(信玄)に見抜かれて、それによって晴信が諏訪に侵攻し、諏訪宗家は滅亡してしまいます。そういう意味では、この城へ行く必要がある、と思いました。

城の作りは比較的”簡素”で、規模もそれ程大きくないですが、中々立派な城でした。最近は、所謂”白塗り”の城より、”板張り”の城の方に魅力を感じてしまっているので。城の中は、大抵の城と同様”資料館”になっており、諏訪氏の歴史、諏訪大社の歴史、諏訪を領した武将の歴史の記述が展示され、また、諏訪出身の松尾芭蕉の弟子・河合曾良に関する記述も展示されておりました。あとは、通常はその城に関連する遺物・遺品等が展示されていますが、ここでは諏訪市民が所有していた諏訪にまつわる遺品が展示されていました。”1階”が主に”記述”と”写真”、”2階”が”展示物”、”3階”が”展望フロア”とやはり他の城に比べれば小規模ですが、そこから見る”諏訪湖”は中々の絶景でした。

高島城・・・諏訪氏一族の諏訪頼忠が家康の臣下に下り、家康の関東転封に伴い武蔵国に移った後、諏訪の領主となった豊臣秀吉の家臣・日根野高吉によって1592~98にかけて築かれた平城。”関が原の合戦”後、徳川家康が”征夷大将軍”に任ぜられると、家康の意向により頼忠の嫡男・頼水が城主となり、以降”明治維新”まで諏訪氏の居城となる。かつては、諏訪湖畔に面して建っていた事から”諏訪の浮き城”と呼ばれた。

高島城小








高島城天守

高島城から見た諏訪湖






高島城から見た諏訪湖

この城は、小さいながらも敷地内には立派な”庭園”があり、しかも”諏訪護国神社”という神社までありました。

高島城庭園






高島城の庭園

諏訪護国神社






諏訪護国神社

”高島城”を後にすると、本当は上諏訪駅構内にある”足湯”に入りたかったのですが、時間の都合上却下し、またまた”お土産”を買って、”特急あずさ”に乗って家路に着きました。
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