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長者の陥落 -小室哲哉、逮捕!-

80年代後半に自身のユニット”TMネットワーク”として一世風靡し、更に90年代には”音楽プロデューサー”としてtrf、安室奈美恵、華原朋美、hitomiらを世に送り出し、自身も”grobe”というユニットを結成して数々の”ヒット曲”を生み出した小室哲哉が、音楽著作権の売却を持ちかけ兵庫県芦屋市の会社社長から5億円を詐取した疑いで、今月4日取調べのために身柄を拘束され、そして”逮捕”されました。”日本音楽界”を震撼させる”大事件”が起こってしまいました(ショック)

事件の”全容”は、小室が自身で作詞、作曲した曲806曲の”著作権”に関する一切の権利があるかのように偽って、2006年8月に全曲の著作権を10億円で売却する仮契約を結び、代金の一部として社長から5億円をだまし取った、という事です。しかし、実際はその”著作権”は既に彼自身も契約していたレコード会社「エイベックス・エンターテインメント」等の音楽出版社に譲渡しており、806曲の年間著作権使用料収入約3億円のうち日本音楽著作権協会(JASRAC)から約1億円、音楽出版社から約1億円の計2億円を受け取り、残る1億円は音楽出版社が受け取っていたとの事です。但し、前妻でかつて小室がプロデュースしていたユニット”DOS(あのカバちゃんも所属していた)”のメンバーだった吉田麻美さんへの”慰謝料”として約7億8000万円が請求されていたのですが、それが”未払い”であるために著作権使用料のうち年間1億円分の請求権を差し押さえられ、次第にその”収入”が底を尽いてしまったそうです(哀)

そもそも、彼は”金銭”と”女性関係”にルーズだったらしく、”音楽プロデューサー”として”頂点”に上り詰めて以降は金に物を言わせて、何をするにも”高級ホテル”等を貸しきったり、飛行機のファーストクラスを貸しきったり、という”傲慢ぶり”を見せるようになったとか。更に、”女性関係”についてもまずは”TMネットワーク時代”に結婚した妻と離婚し、当時”三流アイドル”でしかなかった華原朋美と付き合うようになり、彼女の売り出しに成功するや否や、やがて彼女との関係も悪化し、そして華原と別れて吉田麻美と結婚。そして、華原は”自殺未遂”から転落し、再び一人で這い上がったにもかかわらず、今度は”睡眠薬過剰使用”により”芸能界追放”になってしまいました(哀) 更に、吉田麻美とも出産後即離婚。そして、最終的には彼自身のユニット”grobe”のヴォーカリストであるKEIKOと結婚(この式はテレビでも”特番”で放送されています。)

栄光と転落・・・・彼が自身が事実上最初に結成したユニット(それ以前に所属していたスピード・ウェイというバンドは彼のバンドではなかった)”TMネットワーク”として80年代後半、9枚目のシングル「Self Control」がヒットし、更にそれに続く10枚目のシングル「Get Wild」の大ヒットにより一躍脚光を浴び、更にその頃にデビューした女性シンガー渡辺美里の曲も手がけ、彼女のサードシングル「My Revolution」も大ヒットした事によって、彼らとほぼ”同世代”であるBOΦWY、レベッカ、久保田利伸、バービーボーイズ、プリンセス・プリンセスらと共に今日の”J-POP”の礎を築く事になります。更に、”90年代”に入ると、trfという”ダンス&ヴォーカルユニット”をプロデュースし、数多くのヒット曲を生み出し、そして元々”スーパーモンキーズ”というアイドルユニットに所属していた安室奈美恵を手掛けるようになりそこでも数多くの”ヒット曲”を生み出します。更に自身の”元カノ”であった華原朋美も数多くの”ヒット曲”を生みます。更に、その当時はまだこれらのアーティストには及ばないまでもhitomiも当初は小室がプロデュースしていました。

でも、世の中そうは上手くいかないもの。”プロデューサー”として”名声”を馳せるも、”プロデュース”される側のアーティストも当然ながら彼らなりの”主張”を持っています。それによって、多くのアーティストは彼の元を去っていきました。特に、”小室離れ”をしたhitomiは一気に飛躍する事になり、そして安室奈美恵はここへ来て再び注目されるようになりました。そして、彼の最大の”ライバル”として”シャ乱Q”のヴォーカリストつんくが”モーニング娘。”を筆頭に数々の”アイドルユニット”を手掛けて”成功”を収める事になります。ここで、つんくが正しかった点は、彼は”本格派アーティスト”ではなく、あくまでも自分の”手の上”で操れる”アイドル”をプロデュースした事に他ならないと思います。で、時代的には、もう一方でルナシー、GRAY、ラルク・アン・シェルといった”ビジュアルバンドシーン”もありましたが、これらもやがて90年代末期には底を突くようになり、それに代わってゆず、19、コブクロといった”アコースティック・ギター・デュオ”のシーンや、Dragon Ashを筆頭とした”ヒップホップシーン”の台頭によって、事実上”90年代J-POPシーン”は崩壊する事になります。

小室は”TMネットワーク時代”も、ブルーハーツ、ジュン・スカイウォーカーズらの”ビートパンク”や、フライングキッズ、ジッタリン・ジン等の”イカ天バンド”、更にはユニコーンなども加えた”80年代末期バンドブーム”の煽りを喰らいそうな時期がありましたが、その頃の彼はまだ”一ミュージシャン”として地道に活動していたため、そこで失墜する事はなかったのだと思います。でも、”90年代末期”のゆずやDragon Ashらの台頭にはもはや成す術がなかった、というか”大物プローデューサー”という”看板”の上に胡坐をかいてしまった事によって、もはや自分の”足元のぐらつき”にさえ気づかなくなってしまったのだと思います。そういった意味で、”音楽的好み”云々は別にして、”金”や”ヒット曲”に物を言わせればいいってもんじゃない、という事をブルーハーツやゆずが証明した事は事実だと思います。

かつて”一世風靡”をした”大物ミュージシャン”がまさかこのような形で”墜落”してしまうなんて・・・。正直、未だに信じられないし、悲しすぎますね(無念) でも、いつの日か必ず”復活”する事を願っております!
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