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”競技”と”伝統”と”エンタメ”の狭間で・・・(その2)

てな訳で、サップも亀田も”メディア”に持ち上げられ、そして”メディア”に潰される事になりますが、同じような”境遇”に立ちながらもまだギリギリの所でその”存在感”を保っている男が1人います。その名は・・・曙。”第64代横綱”だった曙は、度重なる膝の”故障”を理由に2001年の”春場所”を最後に相撲界を引退。しかし、2003年に”プロ格闘家”に転向を表明、同12月31日にK-1主催の興行「2003 Dynamite!!」にてボブ・サップを相手に”デビュー戦”を果たす物の敗退。その後も角田戦以外は皆”黒星”、という結果に終り、事実上K-1からは”戦力外扱い”になっているに等しい状況です。しかし、そんな曙を”新日本プロレス”の蝶野正洋が拾い上げ、何とか”プロレスラー”として”再出発”を図っている状況です。

では、何故曙はサップや亀田ほど”どん底”に突き落とされる事がなかったのか? その最大の”理由”が、彼が”大相撲”の”いい意味”での”歴史/伝統”に名を刻んだからに他ならないからでしょう。そういった意味では、曙は日本の”国技”である”大相撲”の歴史に名を刻んだ”功労者”の1人として讃えられている事も事実です。

ただ、問題なのは”伝統”というものが必ずしも”いい部分”だけではない、という事なんです。伝統には”悪い部分”というものもある訳で、昨今そういった部分が如実に表れたのが”朝青龍問題”と”時津風部屋問題”なんです。まず、”朝青龍問題”の方ですが、朝青龍がもし単なる”一格闘家”であったとするならば、仮に一つの試合に”仮病”を使って休場したとしても、ちょっとした”処分”で済むはずです。それが、”2場所休場”という処分を下した上、モンゴルへ帰国した理由が”急性ストレス障害を癒すため”だった事が発覚してからも北の湖理事長はモンゴルへの帰国を断固として許そうとはしませんでした。いくら”伝統”とはいえ、そこまでして”協会の権力”で力士を押さえつけるのはどうか?とは正直思います。世間も初めは朝青龍に”不信感”を抱いていたのが、次第に”相撲協会”に対する”不信感”に変わっていきましたよね。

そんな最中に、今度は今年6月に”心不全”として急死した時津風部屋の力士、時大山こと斉藤俊(たかし)さんの死因が親方と兄弟子による”暴行”だった事が発覚。”相撲協会”の北の湖理事長は、即時津風親方を”解雇”しましたが、”部屋”そのものは残して、更にまだ”現役”で33歳の時津海を強引に”親方”にさせるなど、まだ”協会の権威”を優先するような態度を示して”世間”から失笑を買っている状況ですよね(呆) それに、”事実”かどうかはともかく、週刊誌の電車の”中吊り広告”には、北の湖理事長が現役時代もそのような”暴行”めいた稽古をやっていたかのような記事が載っていました。いずれにせよ、今回の時津風部屋の一件はまだ”氷山の一角”であって、おそらく同じような事を行っている部屋は他にもあると思います。

”伝統”というものは、それが”いい物”であろうが、”悪い物”であろうが、その”世界”の中にいる人間にはそれが”当たり前”だと思っているから気付かないのでしょうね。だから、場合によっては一種の”カルト教団”みたいになってしまう場合もあるのでしょう。傍から見れば明らかに”間違った行為”でも、その”枠の中”では”正しい行為”と錯覚してしまう。そういった意味で、日本においては”相撲”もさる事ながら、”剣道”、”柔道”、”空手”等にもそのような”悪しき伝統”が知らず知らずの内に植えついてしまい、その”枠の中”から逃げ出そうとする者は、例え”命”を奪っても構わない、みたいな”錯覚”すら覚えてしまうのでしょう。今回の事件もそうだし、一昔前では、とある高校の”空手部”もしくは”柔道部”の部員が、”学業”に専念するために”退部”しようもんなら他の部員全員で”リンチ”をして殺害、なんてケースがいくつかあったのを覚えています。”学業”が大事か? ”部”が大事か?って事ですよね。”学生”にとって”学業”こそ大事であって、”部の伝統”なんて正直どうでもいい話なんです、本当は。しかし、日本人が守ろうとしたがる”伝統”には、必ずといってもこのような”余分な伝統”まで付きまとってしまうもんなのでしょうね。

そういった意味で、中には”スポーツ”というものは、あくまでも”競技”の部分のみを重視して、”文化・伝統”の部分は必要ない、と唱える人もいるようです。もっとも、”西洋発祥”の競技はそうなりつつあります(しかし、ゴルフが未だに”ジーンズ禁止”というのが納得いかないが・・・)。でも、反対に”競技”という部分が固執され過ぎると、それこそプロレスのような”エンタメ性”を全て否定する事になり、ルールがはっきりする変わりに”見世物”としてはつまらなくなるばかりか、”勝敗”にこだわりすぎて、”負けた人間”がそのまま失墜する状況が増えてしまうのも事実。そういった意味で、プロレスは”ルール”がはっきりしないからこそ”面白い”のであり、”伝統競技”には負けた人間をも褒める、みたいな”美徳”がありますよね。基本的に”競技”の部分に重点を置くにせよ、そこにある程度の”エンタメ性”と”伝統的美徳/精神”があって、初めて”スポーツ”って「面白い!」って感じるんだと思います。

それに、新日本プロレスが一時”崩壊寸前”になったのも、新日本を事実上支配するようになった長州力が、猪木が築き上げてきた”イノキイズム/ストロングスタイル”という”伝統的部分”を無視するようになったからであり、更にそこに”総合格闘技”というプロレスとは”別競技”の物をごちゃ混ぜにして更に新日本を引っ掻き回してしまったのが、皮肉にも”創始者”のアントニオ猪木ですからね(汗) ”新日本プロレス”は、いくら”ストロングスタイル”であってもあくまでも”プロレス”であって、プロレス特有の”曖昧な部分”、”お約束的な部分”があってはじめて”新日ストロングスタイル”だった訳で、そこに”競技性”の強い”総合格闘技”と絡めたらおかしくなるのは当然なんですよね。

更に、”K-1”や”総合格闘技”にしたって、大きな会場で多くの観客動員が必要なのに”競技性”だけを追及すれば”限界”も起こる訳だから、次第に”不本意な判定”も増えてきたのだと思います。”競技性”が強いながらも、”観客”を沸かせるような内容の試合をしなければ、これらの競技だって”集客”が持たないのも事実です。そうなると、場合によってはプロレスみたいに”お約束”みたいな部分も出てきてしまうかもしれませんが、まぁ、面白ければそれもまたいいかな?って思います。反対に”勝敗”を気にしすぎて秋山成勲みたいに”ルール違反”をしてまで”勝負”にこだわられも困りますからね。

そんな訳で、”プロスポーツ”、”プロ格闘技”においては、”競技性”もさる事ながら”面白さ”も必要だし、”伝統的美徳/精神”も必要だと思います。でも問題なのは、それらを裏で操る”協会”や”プロモーター”がそういったものを”悪用”する事だと思います。あくまでも”試合”は”会議室”で行われているんじゃなくて、”現場(会場)”で行われてるんだから!
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