大河ドラマ「風林火山」の影響か、最近妙に戦国時代の”山城(やまじろ)”に興味があるんです。
”山城(やまじろ)”とは、現在一般的に知られている城(平城(ひらじろ))のように”石垣”の上に天守閣をはじめとする”建造物”があるものではなく、自然の山を加工するかもしくは最初から土を盛って作った所謂”要塞”で、高台の上に”本丸”、”二の丸”、”三の丸”等の”郭を設け、更にそれぞれの間に”堀”や”空堀”を設けて敵の侵入を防ぐ構造をなしており、それぞれの郭の外側を柵で囲い、その中に比較的簡易な屋敷が設けられ、”本丸”には更に”物見櫓”が設置されていた物です。これらは、あくまでも”実践用”の城だったのです。
僕の住んでいる東京多摩地区には、こういった”山城跡”がいくつかあり、”心霊スポット”で有名な八王子城は大分前にいった事があるし、八王子城と同じく”小田原北条氏”の属城だった滝山城や片倉城には最近行きました。それから、先週友人と愛知県方面に旅行した際には長篠城に行きましたし、以前白川郷に行った際にも帰雲城に行ってます。中には”山城”の状態で近代風に改築された備中松山城、岐阜城、郡上八幡城にも行っていますが、これらの共通していえるのが、皆良い”見晴台”になっている、という事です。もっとも、今の”平城”でも”天守閣”の最上階に上れば見晴らしはいいですけど、正直”実戦向き”ではないですよね。
”山城”に対する”魅力”というのは、やはりあくまでも”合戦用”に作られている、という”生々しさ”を感じるからです。対して”平城”はあくまでも大名の”権力”を見せつけるための”建造物”ですからね。これはこれで素晴らしい物を感じますけど、なんとなく”歴史的遺構”としての価値は”山城”の方が高いようにも感じるんです。
現在、かつてのように”柵”や”屋敷”を復元した山城(荒砥城)も長野県の上山田温泉の裏辺りあるようですから、10月ぐらいに行こうかと思っております。
滝山城
八王子城
荒砥城
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- 2007/09/16(日) 16:51:54|
- 歴史|
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コメント:2
実は二年ほど前に行ってます。
まさに山城の典型でして、身体で試した急勾配は相当にきつかったです。
ただし同時に大軍に包囲されやすく、物資の搬入にも相当な困難があるのも分かり、これなら秀吉の兵糧攻めをもろに受けたのもよく分ると。
- 2008/01/19(土) 10:56:08 |
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- 仁 #-
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中々書き込みが出来ませんでした(謝)
”山城”は登るのが本当にキツいです(汗) 攻める方も確かに大変ですけど、”城主”やその家臣達だって城に登るのに”一苦労”する訳ですから、下手に城を出るのも困難だったと思います。まぁ、そういった事もあってか、実際は、”山城”は合戦時における”砦”としてのみ起用される場合が多く、普段の”住居”は城の麓に建てられた”館”というのが一般的だったようですね。
秀吉は”山城”はもとより、”平城”でも備中高松城の”水攻め”をやってのけた事を考えれば、まさに”城攻めの達人”だった、と言えるでしょうね。それが故に、彼が本気で”農民出身者”と考える学者は殆どいないようです(山の民説が有力?)。
- 2008/01/19(土) 19:30:45 |
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- スーパーpsy野神 #5FAMoxZ6
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