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最後の抵抗

僕は、このブログでは何度もブルーハーツやそれに類似した”ビートパンク/青春パンク”、それからゆずのような”ストリート系フォークデュオ”に対しては”異”を唱えてまいりました。これは単なる”好き嫌い”という事だけじゃなくて、こういった音楽があってもいいけど、みんながみんなそこへ傾倒してしまうのはどうか? 何故あえて”批判”する人間がいないのか? という事に”疑問”を感じるからです。

先週の金曜日、会社の仲間4人で最寄の駅近くの立ち飲み屋で飲んでいたのですが、そこでブルーハーツの話題になったのですが、まぁ想像がつくでしょうけど、意見は”3:1”に別れ、”1”の方が紛れもなく僕である事は言うまでもないんですが、ブルーハーツを支持する3人の意見は以下の通りです。①あえて”格好悪さ”や”弱さ”をさらけ出している部分が”ロック”である(BOΦWY等は「女にもてたい」という意識が感じられる)。 ②(他のロックバンドと比べて)”本気度”が違う。③”メジャー路線”に反している。④歌詞が泣ける。⑤批判してはいけない”雰囲気”が作られている・・・等です。

それに対する僕の”反論”ですが、①ロックには”格好良さ”や”強さ”はやはり必要であるし、「女にもてたい」という意識や”ビジュアル面”に関しては程度の問題だと考えられる(ロックが起こった当初はこれら全てひっくるめて”反社会性”的な要素が合った事は事実)。②-1 ”本気度”という捉え方には2通りあって、一つは”リアリティ”だと思いますが、ロックというものは本来”100%リアル”ではないからこそロックなのだと考えられる(あえて格好つけたり不良ぶったりする事こそが従来のロックの”姿勢”であり、そこに”リアリティ”をもたらしたのはむしろ”フォーク(洋楽ではボブ・ディラン辺り、邦楽では岡林信康、三上寛といった”反戦フォーク”と呼ばれるもの)”であって、それらが後に”ロック”に吸収されていった、という事ではなかろうか?)。それと、”プロレス”においてかつてアントニオ猪木はプロレスに”リアルさ”を求めて”格闘技”の要素を多く加えていった事によって”ストロングスタイルプロレス”を築きましたが、それと本物の”格闘技”は別物であって、晩年猪木はそれを”新日マット”でやらせようとしたから新日本プロレスはおかしくなったのは確か(これに関しては後に絡めていきたいです。) ②-2 もう一つは”真剣度”という事になるのでしょうが、”100%嘘?”である聖飢魔Ⅱでさえ”演奏面”では”真剣そのもの”である(”プロレス”をもはや”真剣勝負”と捉えている人は殆どいないだろうが、そこに”演出”があるにせよ”真剣”に戦わなければ”真のプロレス”とは言えない、という事と同じである)。③”メジャー”だろうが”マイナー”だろうが、ようは「これはいい!」、「これは凄い!」という感性こそ必要である(”アンチメジャー”、”インディーズ”という事だけがロック、というのではなく、本来ロックの資質があり、その気になれば”ビッグ”になれる要素があるにもかかわらず支持率の低いアーティストにこそ手を差し伸べるべきである)。もう一つ、もはやブルーハーツやゆず辺りのアーティストは、完全に”メジャー”であり”ポップ”な存在である事を認識する事も必要である(対して”メタル”なんて今や”マイナー路線”に落ちぶれているし、日本における”メタルバンド”なんていないに等しい存在である事にはなんとも思わないのだろうか?)。④ブルーハーツの”歌詞”は確かに泣けるかも知れないが、僕的にはマイケル・シェンカーやゲイリー・ムーアの”ギター”の方が全然泣けると考えている(いくら歌詞が良くてもそれに乗っている”メロディー”や”歌声”が僕的には質を下げているようにも感じられる)。そして、問題は⑤ですが、「批判してはいけない”雰囲気”が作られている・・・」

ちょっと待った!!

批判してはいけない”雰囲気”がある所をあえて”批判”する事こそ”ロックの精神”ではないのか!? そもそもブルーハーツのようなバンドも本来”批判”される対象だった所から這い上がってきた訳ですから、それが今、彼らを批判してはいけない”空気”があるなら、その空気を打ち破って這い上がってくる存在も今必要なんじゃないか?と僕は思いますがね(汗)

でもって、⑤に関して言えば、今本当に”ブルーハーツファン(あえてブルーハーツ信者と呼ばせてもらう)”がこのような状況を作り出しているのが事実であるとすれば、これはまさに猪木が”現役引退”後、新日本プロレスに強行的に”格闘技路線”を敷いた頃の”猪木信者”の取った態度と酷似しているように思えます。でも、多くのファンはそれに辟易し、”真のプロレス”を求めて”猪木離れ”をして行った結果、現在の新日本プロレスに”プロレス”が戻りつつあるのは確かな訳ですから、今の日本の”ロックシーン”に”真のロック”を復活させるには”ブルーハーツ離れ”をする事も必要なんじゃないか?と思うんですよ。やはり、今や”女性アーティスト(ジャンルは問わないが)”は皆非常に”レベル”が高いです。それに対して”男性アーティスト”はどうでしょうか? ”ヒップホップ系”は確かに”レベル”は高いと思いますが、”ポップス系”も平井賢がちょっといいぐらいで後は”ありきたり”だし、”ロック”に関して言えばブルーハーツやゆず辺りから脱却しようとして脱却出来ずに中途半端になっているバンドが多いように感じられてなりません。やはり、今のロックバンドの”根っこ”が従来の”ロック”でない事は事実ですから、だから何か”芯”がないように感じるのかもしれません。あとは、上記の”ヒップホップ”に喰われてしまっているのもあるのでしょうけど。

いずれにしても、僕はブルーハーツやゆずのような存在が”日本音楽シーン”には確かに必要だとは思うのですが、それはただ多くの”次世代”へ影響を与えるためだけのものではなくて、時には”反面教師”にもならなければならないのではないか?と思うんですよ(実は、僕は彼らを”反面教師”にした結果、”メタル”にはまるようになった訳ですし(笑)) そういった意味で、最後に”究極の二者選択”を出したいのですが、”真のロック魂”というものは2つの内どちらなのか? ①ブルーハーツを肯定する事。②ブルーハーツを否定する事。果たしてどちらなのでしょう?
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  1. 2007/03/21(水) 08:06:13|
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  4. コメント:6
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コメント

ブルーハーツ

こんばんは^^
ブルーハーツは大好きでした。笑
まさに青春!
人間臭さが素晴らしいと自分は思ってます。

否定するも肯定するもロックなのではないか、
と自分は勝手に思っておりますよ。

っていうか・・・
ある意味、野神さんがロッカーな気がする^^;


  1. 2007/03/22(木) 00:15:52 |
  2. URL |
  3. 紫月 聖 #8gfOIHpU
  4. [ 編集]

消化しきれぬ思い なのですね!

 野神氏永遠のテーマ「アンチブルーハーツ」ですね!!

 良いロックが生まれてこないのは、そういう時代だからなのだと思うのです。ミテクレは良くないけど熱くハートを揺さぶる「サンボマスター」よりも、何言ってんだかサッパリ分からないけど爽やかな顔した歌手が多いってので韓国音楽が流行る時代ですよ。「成り上がり」の心はもう日本人には響かないのかも知れません。

 ロックには反体制とともに「成り上がり」的な欲望が伴い、それゆえの共感やカッコ良さが生まれるのだと勝手に思っています。

 私は一般的に音楽情報はラジオの流し聞き・テレビのランキング程度の情報でしか入手してないのですが、ロックが完全に息絶えたわけではないんでしょうけどトップシーンに上がって来れない「ロック不遇の時代」なんでしょうね。

 街行く人々が携帯型音楽プレーヤーで各々好みの音楽で耳を塞ぎ、町に流れる音楽がたくさんの人に届かなくなり、それと同時にたくさんの人が思い入れを持てるような 時代の一曲 が無くなって来たように思えます。

 マスコミが勝手に騒いでヒット曲になるように煽っているだけの歌がなんと多いことか。宣伝なくしてヒットなしのような暗黙のヒット法則もできあがってるみたいに・・・

 (ネットの口コミというヒットルートもあることはありますけど)

 そういう「ひとつの時代の共有性」を強烈に持っていた最後のロックグループが「ブルーハーツ」だったのではないでしょうか?(私も含む)ブルハ信者は青春の思い出と共にそれを思い出すので、ブルハ=自分の青春、そこを拒否してはいけない=アンタッチャブルにしてしまっている部分は否みません。

 それゆえに、音楽的視点で訴えていらっしゃる野神氏とは話が全く噛みあわないのだと思います。

 BOΦWYとGLAYを比較してもその時代に生きた人間の価値観が大きくその結果を左右するように、ブルハもまたそういうことだと思います。

 真のロック魂 は目の前の全てを肯定した上で破壊していく事だと思います。そのために理不尽な言葉や音楽を使うのもそれはそれで表現の手段だと考えています。
 闘魂伝承 であり、破壊王であり、破壊なくして再生なし であった「彼」のように。

 ブルハの音楽は、これ以下には崩せないってところまで崩してしまってるから、破壊できないのかもしれません。
 それってある意味、最強かも・・・。


 ビートたけしが当時「それでも私は嫌われる」という著書でブルハを指して「ロックバンドが平和を歌ってどうする?ロックバンドに行く先を案じられちゃこの国もどうたら・・・」とか書いていた記憶がかすかにあります。
 破壊よりも調和や守る事を歌う歌が多いのもブルハの隠れた人気のひとつかもしれません。

 逆にそれが鼻に付いて、ブルハを嫌いな人は私の友人にもいますよ。
  1. 2007/03/22(木) 06:34:28 |
  2. URL |
  3. フクフク丸 #oKAhFFW.
  4. [ 編集]

レス① -青春と反抗-

お二方が仰られるとおり、確かにブルーハーツは多くの若者に多大な影響を与えた”青春時代”の象徴である事はわかりました。ただ、僕の思い描く”ロック像”というのは”青春”ではなく”反抗”なんです。でも、かつての”不良少年”達が学校や社会に対してツバを吐いていた事自体が彼らにとって”青春”だとしたら、それが”別の形”に変わった時に現れたのがブルーハーツだった、という事なのでしょうか。

もっとも、ブルーハーツがデビューしたのが僕が高校を卒業する頃だったので、もはやそれを聴いて”青春”を感じる時期でもなかったし、中学ぐらいまで何故かアリスを聴いていた人間ですから(笑)、そもそもブルーハーツのようなものにはあまりなじまなかったのでしょう。

あと、僕にとって音楽はあくまでも”音楽”でしかなく、それと自分の人生をダブらせては考えていなかった、というのもブルーハーツになじまなかった理由だと思います。
  1. 2007/03/22(木) 23:06:37 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

レス② -破壊と構築-

>全てを肯定した上で破壊する事。
>破壊なくして創造なし。

まさにそうだと思います。だからこそ、”破壊”で留まってしまっては困るんです。ロックの”歴史”を振り返ると、70年代前半までは”構築”の時代だったんです。50年代半ばに起こった初期のロックンロール(オールディーズ、ロカビリー等)から60年代に入るとビートルズやストーンズといった”ブリティッシュロック”が生まれ、60年代半ばにはアメリカでは”サイケデリック”、イギリスでは”モッズ(THE WHO等)”や”ブルースロック”が生まれ、やがて70年代に入ると”ハードロック”や”プログレ”が生まれた事によって”音楽”としてのロックが極まり、70年代後半にそれを破壊したのが”パンク”だった訳ですよ。でも、そのシーンも”短命”に終り、それからよりポップな”ニューウェーブ”や、ハードロックの”再来シーン”である”へヴィメタル”の二方向へ別れていく事になりますよね。

でも、日本における”バンドブーム(ブルーハーツを筆頭とする”ビートパンク”や”イカ天バンド”等)”の後は、メディアが強引に”J-ポップシーン”を作り上げて、その枠の中で”ビジュアルバンド”や”小室ファミリー”を生み出していった感がありましたから、その”反動”がゆず等の”ストリートフォーク”や”ヒップホップ”を世に出し、そしてブルーハーツの”見直し”みたいなものが現在行われている状況何でしょうけど、それも”J-POP”には敵わず、かといって”硬派ロック”が生み出される土壌はもはやなくなってしまった、という事なのでしょうね。

そして、今ブルーハーツの後の”再構築”をしているのは”ロック”ではなく”ヒップホップ”なんだと思います。僕は、ヒップホップは別段好きではありませんが、今やこれらを認めざるを得ないですね。だって、これらこそかつての”ロック”が持っていた”精神性(不良性)”、”音楽性”、そして”格好良さ”を兼ね備えている訳ですから。特に、デフ・テックやモンキーマジックは素晴らしいと思います。昨今の”格闘技”において時折見られる”プロレスよりプロレスらしい試合”と同じなんですよ。

で、たけしが昔そのような本を出してたんですか(驚) やはり、たけしこそ”真のロッカー”なのかもしれません。で、僕はというと・・・”ロッカー”というよりただの”へそ曲り”だと思うのですが(汗)
  1. 2007/03/22(木) 23:34:36 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

追記 -ロックとプロレス-

”プロレスファン”の視点で見ると、”ロック”と”プロレス”は共通点が多いですね。特に、僕的に”プロレス”に最も近いロックは”へヴィメタル”だと思うんですよ。その”共通点”とは、①”プロレス”が様々な格闘技の要素を吸収しているのに対して、”メタル”も”ブルース”、”クラシック”、”民族音楽”等の様々な音楽を吸収している点。②”強さ”、”激しさ”、”迫力”がどちらも充分に伝わってくる点。③”芸術性”、”技術性”がどちらも高い点。④”お決まりパターン”がある点。・・・等などです。しかし、ブルーハーツの場合はというと、”プロレス”は”プロレス”でも”インディーズプロレス”や”ハッスル”みたいなものを連想してしまうんです。確かに、若い世代からすれば”共感”出来る部分はあるでしょうし、”素人”からしてもわかりやすい部分はあるでしょうけど、僕からすれば「これはプロレスじゃない!」って思えてしまうんです。ブルーハーツに対しても同じ印象を感じてしまうんですよ。

反対に”K-1”や”総合格闘技”はというと、”リアルな戦い”を展開している点で、同じ”リアリティ”を抽出している”パンク(本格的なもの)”に相当すると思います。でも、これをブルーハーツに当てはめると、曙やボビー・オロゴンや金子賢を連想してしまうんです(汗) ただ、問題なのはボビーの場合は勝っているから観客から声援を受けるのに対して、曙や金子は負け続けているため、”声援”も”共感”も”同情”も受けていない事を考えると、ブルーハーツとは違うのかもしれません。そもそも、”格闘技”においては”負け”は”タブー”であるため、負ける事でファンの”同情”や”共感”を得る選手はまずいないでしょうね。

そういった意味で、本来”勝ち負け”の関係ない”音楽”の分野にいるブルーハーツは結果的に”勝利”を得る事が出来たのかもしれません。
  1. 2007/03/25(日) 09:41:50 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

追記② -ロックと戦国武将-

”戦国三大英雄”の内、従来の”ロック”を連想させるのがいうまでもなく織田信長だと思います。少年時の”過激なファッション”、”既成概念”に捉われない斬新な思想、強大な”軍事力”等が”ロック”名部分だと思います。それに対して、”農民(実は”山の民”という説が濃厚)”から”天下人”に成り上がった豊臣秀吉は”ブルーハーツ”に近いのでしょうね。だから、当初は”農民”からの支持率は高かったようですし、他の武将と違って”庶民受け”しやすかったのは確かでしょうね。それに、彼は生来”戦嫌い”であり、それ故に”戦功”より”調略”を重視しましたからね。そういった意味で、秀吉の”出世話”は今でも多くの日本人の心を惹きつけますからね。

しかし、結果的には信長も秀吉も完全な形での”天下”を獲る事は出来ませんでした。最後に”天下”を獲ったのは徳川家康ですが、僕は彼には”ロック魂”はあまり感じられません。彼は、”旧体制”となっていた”幕府政治”を復活させ、そこに”安定した国家システム”を築いた事を考えれば、”安定した人気獲得”のためにメディアの力を借りて”不動な人気”を獲得出来る”J-POP”という事なのでしょうかね? 

まぁ、これらを踏まえて考えるに、”天下を狙う”のが”ロック”であれば、”天下を治める”のは”ポップス”という事なのでしょうね。
  1. 2007/03/25(日) 16:37:06 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

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