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歴史上人物トンデモ説①-上杉謙信女説-

最近、コンビニなどに置いてある”歴史本”の中で顕著に見られるのがこの”上杉謙信女説”です。かつては”ホモ説”が囁かれていましたが、最近ではこの”女説”がかなり有力視されているようです。

まず、”ホモ説”が囁かれる発端となったのは、謙信が”一生独身”だった事にあります。当初は”義の武将”として”正義の道を貫くため”、そして”毘沙門天”の生まれ変わりであると信じていた彼のそういったものへの”信仰心”によるものとされてきましたが、”歴史研究家”の中で「戦国時代の武将がどのような理由があれ”妻”を持たないなどあり得ない!」としてこのような説が生まれたのでしょう。事実”戦国時代”は日々”合戦”に明け暮れていたため、戦場に女性を連れ込む事ができない事から”小姓”を女性の代わりにしていたようです。そこで”同性愛”が芽生えてもおかしくない、という説です。しかし、この説には”限界”があり、謙信の”ライバル”武田信玄の軍の中には”女武者”がいた事が判明しているため、女性が”戦場”に行く事は別に不可能ではない事が発覚。それに、実際小姓を”女代わり”にしていた武将の殆どが”実生活”では妻子がいて、普通に”男性”として暮らしていました。だから、”独身”であった事が必ずしも”ホモ”につながるかどうかが”雲行き”が怪しくなったため、”女説”が浮上したのでしょう。

でもって、”女説”にはそれなりの”根拠”が存在しているそうです。①彼の”死”の原因が”脳溢血”ではなく、女性の”更年期障害による夫人病の一種”である”大虫”である、という記録がある事。②合戦中にも関わらず1ヶ月周期で腹痛を訴え、兵を引き部屋に引き篭もったりしている事。③謙信の遺品の衣類を見てみると真っ赤であったり、とても男物とは思えないものを好んで着ており、更に彼が”傾奇者”だった、という記録はないとの事。④謙信が書いた手紙などを見ると、表現や気の使い方が女性的で男性とは思えない事。⑤スペインの国王宛に書かれた手紙には「景勝の叔母」と記載されている。 ⑥当時、民衆の間で「男もおよばぬ大力無双」(男性を差し置いて、またとない強さ)と歌った歌がある。 ⑦当時、女性城主は珍しくなく(例えばおつやの方)、江戸時代に入ってから武家諸法度により初めて女性城主が認められなくなった。そのため江戸時代から今現在に至るまで「城主=男」という常識が存在する事。⑧ 関ヶ原の戦い以前から徳川家と対立しており、やっと許しをもらったばかりの上に、外様大名で立場が弱かった上杉家は大幅に土地を没収されることは目に見えており(実際、米沢30万石に減転封されている)、その上武家諸法度の城主=男により「謙信の代でお家断絶している」と更に言い掛かりをつけられるのを恐れ、謙信が女性という証拠になるものを処分し、無理矢理男性にする必要があった事。⑨ 上杉謙信の肖像画は見るからに男性であるが、これは江戸時代に作成されたもので、謙信を男にする必要があったため不自然にヒゲを生やした男の肖像画を描かせたのではないか?と考えられ、また、江戸時代まで肖像画がなかったという点も不思議で、上記理由により処分してしまったと考えると辻褄が合う事。

以上が”女性説”を裏付けるという”証拠”のようですが、よくもまぁ、唐突にこれだけの”証拠”が出てきたもんですね(汗) その前に”ホモ説”が囁かれていたのに。もし、これらが本当だとしたら、もっと前から”上杉謙信女性説”は存在していなければおかしいのではなかろうか? そうなれば、まず”ホモ説”が出てくる自体がおかしいんです。そして、今までこれらを隠していたとしましょう。でも、”戦国時代”という時代は”表の合戦”と共に”裏の合戦(つまり情報戦)”も盛んだった訳ですから、彼の”ライバル”である武田信玄なんてそういった”情報戦略”を得意としていた訳ですから、その時点で”謙信女説”がその頃から噂されていてもおかしくないはず。更に、上杉家が江戸時代になってから”取り潰し”を恐れてこれらの事を”封印”した、という事に関しても、この時点では当主は景勝です。その”養父?”謙信が”女”だったとしても、秀吉の時代から既に景勝は”大大名”であり、更に”五大老”にも列せられた訳ですから、例え謙信が”女”だったとしてもそれが”お家断絶”の理由にはならないはずですから。景勝が”女”だったら別ですけどね(笑) 更に、上記の”証拠”の中で、①と⑤以外は何も”女”であった根拠にはならないと思うんです。②に関しては、只単に”胃腸”が弱かっただけかもしれないし(笑)、③に関してもじゃぁ、謙信が”傾奇者”でなかった決定的な証拠というのもあるのでしょうか? 僕は”戦国大名”の多くは”傾奇者”だったと考えています(家康は違うと思うが・・・)。④だって平安時代の歌人、紀貫之を考えれば”女性”である根拠にはなりません。⑥が果たして謙信の事を歌っていた根拠があるのでしょうか? ⑦に関しては、おつやの方は表向きには”城主”ではありません。あくまでも”養嗣子”となった信長の五男、坊丸の”後見人”となっただけ。このような例は、源頼朝の妻、北条政子が”尼将軍”と呼ばれた事や、淀君が幼い豊臣秀頼に代わって大坂城を牛耳っていたのと一緒で、正式な意味での”当主”とは言えないでしょう。更に、遠山家は”一豪族”、上杉家は”戦国大名”。”格”が違いすぎます。となれば、”戦国時代”の常識で考えるならば、”女大名”なんてやはりおかしいと思います。それだったら”下克上”の風潮から、当然ながら力のある家臣が家を乗っ取る可能性だってあり得るわけですからね。⑨なんて尚更、そもそも”歴史上人物”の”肖像画”の信憑性が問われるのは今に始まった事ではありませんからね。

いずれにしても、これらは皆”女性説”をまくし立てようとしている連中の”こじつけ”、更には”でっち上げ”のように思えてならないんです。今の”女性飛躍”の背景から考えれば、このような”説”が生まれてもおかしくないですからね。いずれにしても、”女説”がかねてからあったのであれば、”ホモ説”の余地は無いはずですからね。僕は、これらにはもっと別の”裏事情”があるように思えるんですよ。まず、以前書いた事がありますけど(おそらくその記事は抹消されていると思うが(涙))、謙信が”独身”だった事が何も”ホモ”更には”女”である必要は無いんです。”戦国時代”であればこそ、”家督争い”を避けるためにあえて”表向き”には結婚せず、一族から”養子”を迎える事によって”お家安泰”を図った、とも考えられるからです。でも、それでも”実子”でなければダメ!、という家臣の声があったとしたら、その”実子”に家督を継がせればいいだけの話。何を言いたいか?というと、実は謙信には”愛人”がいたと言う記録が確かあったはずなんですよ。それが最近何か無視されていますよね。で、一応は両者は別れた事になっていますが、もし別れていなかったとしたら? 更にその間に”隠し子”がいたとしたら? その子を表向きに”養子”に迎え、それが後に景勝になった、という可能性もあるのではないか?と僕は考えているんですよ。でも、そうなると、謙信の”聖将伝説”に傷が付いてしまうのも確かでしょう。で、僕はそもそも謙信が”義の武将”、”聖将”だった事に”疑問”を感じるんです。

謙信が”義の武将”とされるエピソードですが、まず、越後の隣国である北信濃の豪族、村上義清が武田信玄(当時晴信)に領地を奪われたため、謙信(当時長尾景虎)に助けを求めたため、その”義”のために信玄と戦ったのが所謂”川中島の戦い”です。でも、このような理由で戦をする大名なんて当時は珍しくなかったはずですし、あの織田信長とて”長篠の戦い”なんかはそれに近い合戦だったと思います。いずれにしても、後々”領民”の信用を得るためには”大義名分”は必要なんです。大体、今でもアメリカなんかはこの手を使ってるんだから(笑) 結果、謙信は信玄から村上義清の所領を奪い返す事はできませんでしたが、仮にそれが出来たとしても本当に村上義清にその領地を果たして返すつもりはあったのだろうか? そして、もう一つが「敵に塩を送る」のエピソードです。これは、武田信玄が今川義元亡き後駿河を占領しようとした事によって、今川と同盟を結んでいた北条氏康を中心とした”近隣諸国”の大名達がこぞって甲斐への”塩の道”を止めたのに対して、謙信だけが「信玄の家臣、領民まで苦しめるわけには行かない。」として塩の道を止めなかった、というのがこの話しの元になっているようですが、まぁ、信玄の長年の”ライバル”である事を考えれば、あえて塩を送る事で敵を”油断”させる、という手もあります。そして、その”家臣”や”領民”を自分の所へ寝返らせようとした、という狙いもあったんじゃないでしょうか? いずれにしても、”戦国大名”として生き延びるためには、本当に”義の武将”ではやはり無理があると思います。ただ、それを演じる事が他の武将、それから庶民に対する”アピール”にはなったと思うんですよ。

で、その”義人伝説”を持つ謙信ですが、謙信が”欲”を持たない”義”の人であり、そして”信仰心”に熱い人だった、という性格と似た人が日本史上には一人存在します。それは聖徳太子です。でも、聖徳太子の言い伝えの多くは、実は”原始キリスト教徒”の子孫である可能性が高い秦氏によって伝えられたイエス・キリストのエピソードをパクっただけのようです。そして、聖徳太子の”参謀”には秦河勝なる人物がいました。そして、僕はそもそも”戦国時代”の”プロデューサー”は秦氏だと考えているんで、上杉家の背後にも当然ながら秦氏が存在したと考えています。そうなると、彼らは謙信に対しても”イエス・キリスト”とダブらせようとしていたのではないか?と思えるんですよ。まず、謙信が”一生独身”という説にしても、「新約聖書」には表立ってイエスが結婚していた記事は存在していないようです。されど、イエスが”磔刑”を受けた際に現場にいた”元娼婦”のマグタラのマリアが事実上の”妻”だった可能性が高いとの事。となれば、謙信にも”事実上の妻”が存在し、その上”隠し子”がいた可能性があった事も否定できないのではないでしょうか。そして、”記紀神話”における”最高神”天照大神は表向きには”女神”となっていますが実は”男神”で、しかも、そのモデルがイエス・キリストである可能性が高いとの事です。何故なら、イエスの”磔刑”の場面と、天照大神の”天岩戸隠れ”の場面があまりにも良く似ているからです。そして、上杉謙信が現在頻繁に”女性説”が囁かれています。これらが”偶然の一致”だとはどうにも思えないんですよ。

となれば、です。問題は謙信の”死”です。謙信の死は表向きには”病死”という事になっていますが、本当にそうなのだろうか? 戦国大名の中には表向きには”病死”でも、実際は”暗殺”されたのでは?という噂のある武将は結構いるようですからね。信玄の死にしても、徳川家の記録では徳川の鉄砲隊の放った”流れ弾”が当たって死んだ、とされているようですからね。いずれにしても、ここまで謙信とイエスが似ていることを考えると、イエスが信徒であるペテロやユダに裏切られ、そして同じ”ユダヤ人”に殺された事を考えると、謙信はもしかすると家臣に殺されたのではないでしょうか? そして、その”首謀者”が彼の”隠し子”である事を知った上杉景勝である、なんていう事がもしあったとすれば、それは”一大事”です。まぁ、この説は僕が勝手に思いついた説で、何の根拠もありませんが、もしこれが本当だとしたら、上杉家が隠そうとしていたのは明らかにこちらの方ではないでしょうか。別に謙信が女だからって、”お家断絶”には直接つながらない。でも、家臣とグルになって”義人”とされている”偉大な武将”を殺して、それを隠していた、なんていう方が幕府に睨まれるのは必定ですからね。

まぁ、こんな”オチャラケ”な説は置いとくとしても、一つ言える事は”上杉謙信女説”の背景に”秦氏”あり、という事です!
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  4. コメント:2
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コメント

もう一つ言えば・・・

もし、謙信が本当に”女性”だったとして、それを隠そうとしていたとしたら、彼は間違いなく”妻”を娶っていたと思うんですよ、”カムフラージュ”のために! 更に、”子供”だって家臣の誰かに生ませれば済む話です。でも、実際は堂々と”独身”を貫いていました。そうなると、逆に彼が”女性”あるいは”同性愛者”という説も怪しくなると思うんですよ。

どうも、僕は謙信が”生涯独身”だった、という説が謙信を”義人化”、”聖人化”するための一つの”手段”だったように思えるんですよ。
  1. 2006/11/23(木) 16:03:11 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

でも、上杉謙信が男性であったとする証拠もまだないそうですよ。
川中島の戦いでも、上杉家側の歴史書では、部下の一人が武田信玄と一騎打ちした、と書かれているそうですし。
それに歌はただの民衆の歌ではなく、ゴゼと呼ばれる盲目女性の歌で、歌の中には上杉謙信を指す「おんとらさま」(昔の名前に虎が入っていたから)もあるそうです。また上杉神社で祀られているのは、女武者姿の像ですし・・・
  1. 2008/06/14(土) 10:18:56 |
  2. URL |
  3. #-
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