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今だからこそ、ブルーハーツを語る

今や”CMソング”では”定番”となり、”映画”や”舞台”のモデルにもなったブルーハーツ。気が付いたら、今や彼らは”国民的英雄”みたいになってしまっている感もあります。しかし・・・、僕はそんな彼らが正直”嫌い”でしたし、未だに好きにはなれません。おそらく、”日本一嫌い”といっても過言ではないでしょう。にもかかわらず、何故彼らはあそこまで多くの日本人の心を掴む事になったのだろうか?

THE BLUE HEARTS・・・’85年に”ヴォーカル”の甲本ヒロトと”ギター”の真島昌利中心に結成され、’87年5月1日シングル「リンダリンダ」でメジャーデビュー。そして、’88年に発売され、斉藤由紀主演のテレビドラマ「はいすくーる落書き」の主題歌となった「TRAIN-TRAIN」が大ヒットした事によって、本格的な”市民権”を獲得する事になり、それがJUN SKY WAKERSら”同類バンド”による”ビート・パンクシーン”を引き起こし、更にそこに当事TBS系で土曜の深夜に放送されていた「イカすバンド天国(略してイカ天)」に出演していたバンドも巻き込み”バンドブーム”を築き上げる事になりました。 そして、’95年6月1日に”解散発表”。その後は、甲本と真島を中心にHIGH-LAWSを結成し、現在活動休止中。

よく、多くの人が「ブルーハーツを最初に見た時”衝撃的”だった。」と言いますけど、僕にはそこまでの”衝撃”は実はさほど感じなかったんです。まぁ、”ヘンテコリンな連中”だとは思いましたが、”衝撃”という意味では”'70年代ニューミュージックシーン”に多大な影響を受けた僕としては、まずサザンオールスターズの存在がありましたし、その後、横浜銀蝿も見ていますし、更にブルーハーツの少し前には聖飢魔Ⅱでもかなりの”衝撃”を受けていますので、個人的にはブルーハーツはそこまで大きい存在ではなかったんです。もっとも、彼らの前にはBOΦWYが”一大ムーブメント”を築いた事もあって、まだ彼らの”余韻”が残っていた僕にとってはすんなりブルーハーツにはのめりこむ事はできませんでした。しかし、いつしか周りを見渡せば・・・”ブルーハーツ及びビートパンク”一色に染まっていました。それがどうも許せなかった自分は、その後しばらく”邦楽”は聴かなくなり、当事弟が”ハードロック/ヘビーメタル”にハマっていたため、たまたま一緒に聴いていたFMの”メタル系”の番組を聴いていた所、そこでHELLOWEENを脱退したカイ・ハンセン率いるGUMMA RAYの曲を聴いて「何だこれは!」という”衝撃”が走り、以来”ジャーマンメタル”にはまり、そして”HM/HR”それから”プログレ”にはまるようになりました。”邦楽”でも”ロック”では”バンドブーム”の”反動”によって”再台頭”していたTHE MODSにハマるようになり、”ポップス”ではやがてドリカムやB'Zがデビュー。特に”デビュー当事”のドリカムに一目置いていた自分は「やっぱりこういったアーティストが出てこなきゃダメだ!」と思っていたら、たちまちB'Zも含めて”ビッグアーティスト”になっちゃいましたよね(驚)

で、僕がブルーハーツが好きになれない理由ですが、純粋に彼らの”音楽”が嫌いだったからです。確かに、彼らの”詞”は当時の若者達の心に直撃したものであったのかもしれません。でも、やっぱり”音楽”という部分も大事にしてもらいたいと思っている僕にとっては、彼らのような音楽が日本の”音楽シーン”の”中心”に来る事がどうしても許せなかったんですよ。それと、その前は一応”アイドル全盛期”があり、その中で常に「アイドルなんて”実力”がないのに何でこいつらが売れるの?」みたいな批判がありました。その”アイドルシーン”が次第に衰退し始めると、今度は尾崎豊、レベッカ、BOΦWY、TMネットワーク、渡辺美里、久保田利伸、プリンセスプリンセス、バービーボーイズら後の”J-POPシーン”の礎を築く事になる”実力派アーティスト”が台頭。それで”一件落着”と思った所にブルーハーツら”ビートパンク”や”イカ天バンド”が台頭しちゃったもんだから訳がわからなくなってしまったんです。実は、ここに日本人という民族の”二面性”があり、決して”優劣主義”に走ってはいけない、”白黒”はっきりさせちゃいけない、という日本人特有の”グレーゾーン”の概念がここではっきり現れたのでしょう。しかし、当事の僕にはそれが全く理解できなかったのです。

そういった事を踏まえると、何故ブルーハーツが多くの日本人の若者に親しまれる存在になりえたのか?と考えると、そこに日本人の”潜在意識”をくすぐる”何か”があったから、という事ではないでしょうか? そもそも、日本人という民族は古くから”二重構造”を成しており、古くは”縄文人(厳密には先住民)”と”弥生人(厳密には渡来人)”によって形成され、やがて”弥生系(渡来系)”によって”縄文系(先住民)”が支配されていく事になります。そこに”支配者階級”と”被支配者階級”の構造が生まれ、それがやがて”貴族階級”と”農民階級”、更には”武士階級”と”農民階級”という”二重構造”につながっていきます。その中で、”支配者層”は常に”優れた物”に”美”を感じていたのに対して、”被支配者層”は反対に”駄目なもの”にも”美”を感じる、という価値観を身に付けるようになっていったのではないでしょうか? それが”現代日本人”の”潜在意識”にも受け継がれているとすれば、ブルーハーツが多くの日本人に親しまれている理由は、彼らの曲が決して”優れた音楽”ではない事、そして”ロック然”としたものでもない事(不良をイメージさせるものではない事)にあるのではないでしょうか。「ドブネズミみたいに美しくなりたい。」という表現にはまさにこういった”被支配者階級”の概念から来るものではないでしょうか?

でも、僕的にはやはり”音楽性”は”重要”だと思うし、”ロック”というものは”毒”があって”不良”っぽくてカッコいいと思わせるものでないと”ロック”とは認めたくない部分があるんです。でも、それでは”メジャー受け”しにくいから”ビジネス”上”ポップ化”していったロックバンドが増えたのは事実。上記に挙げたBOΦWYやTMネットワークをはじめとするバンド達がその”代表例”だと思います。その”反動”からブルーハーツを代表とする”バンドブーム”が起こった、という風に考えれば、確かにこれは立派な”ロックシーン”と言えるのかもしれませんね。そして、その”対象”が決して従来の”ロックファン”ではなかった、という部分も大きいでしょうね。だからこそ、実際は”賛否両論”はあったと思います。その”証拠”にモッズら”本格派ロック”の台頭もあった訳です。しかし、結果的に彼らが姿を消し、ブルーハーツが未だに多くの日本人に支持されている理由は、”ポップ(商業主義)”ではない”大衆性”がそこに存在するという事にあるのでしょう。それと、もっと”厳密”な事を言えば、ブルーハーツの”根底”にあるものは”ロック魂”ではなく”フォーク魂”なんだと思います。”フォーク”とは”大衆”を意味する言葉のはずですからね。更に言えば”童謡”の要素も含まれていると思います。すなわち、ブルーハーツの”音楽的ルーツ”は”ロック”や”パンク”というよりは、”フォーク”や”童謡”なのではないでしょうか。そうであれば、彼らの曲が日本人の”潜在意識”をくすぐるのも当然の事なのかもしれませんね。

ちなみに、僕はどうも多くの日本人に親しまれているもので”苦手”なものが結構ありまして、”食べ物”で言えば”魚類”以外の”魚介類”、すなわち”甲殻類(エビ、カニ)”、”貝類”、それからイカ、タコ、ウニなどが苦手なんです。それと同様”音楽”でもブルーハーツやゆずのような音楽がどうも好きにはなれないんです。もしかすると、僕は”日本人”としては何らかの”遺伝子”が足りない、という事なのでしょうか? でも、これも僕の”個性”として自信を持って生きて生きたいと思いますが・・・。まぁ、”納豆好き”の僕としては、ブルーハーツのような音楽より”HM/HR”の方が遥かに好きである事には変わりありませんけどね(笑) それに、よくよく考えたら、ブルーハーツの存在が無ければ、おそらく僕はHELLOWEENを中心とした”ジャーマンメタルバンド”を知る事は無かったでしょうし、それ以前に”HM/HR”にはまる事も無かったでしょう。そういった意味では、僕と”HM/HR”を引き合わせた事をブルーハーツには感謝したいですね!


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  1. 2006/08/03(木) 13:17:26 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

LOW IQさん、はじめまして!

まぁ、僕が思うに”バンドブーム”の頃のバンドの多くは”ロック”ではなかったのでしょうね(笑) ブルーハーツは”パンクロック”の仮面をかぶった”フォークソング”というのが実態なのだと思うし、ジュンスカは更にその”まがい物”でしかなかったのでしょう。そういった意味では、LOW IQさんの仰るとおり、これらのバンドは”新しい形の歌謡曲”と呼ぶ方が正解だと思います。もっとも、”ロック”という意味ではBOΦWYの方がある意味ブルーハーツよりは”ロック”なのだと思います。

”メッセージ性=ロック”とは必ずしもいえないのでしょう。”音楽性”、”ファッション性”、”姿勢”そういったものを全てひっくるめて”ロック”だと思いますので、ブルーハーツの場合は何かが違うんですよね。”かっこ良さ”より”かっこ悪さ”の方が目立つし(というかこの頃から”カッコいい”という概念に変化が現れたのかもしれないが)、”滑稽さ”も見られるし、従来の”ロック”とは明らかに”別物”だと思います。しかし、そこに”衝撃”を感じ、”共感”を覚えた人達がたくさんいた事もまた確かなのでしょう。

”ブルース”はある意味”HM/HR”のルーツですからね。ツェッペリンは”ブルース”の影響を多大に受けているし、ゲイリー・ムーアは今ではすっかり”ブルースミュージシャン”になってしまいましたからね。”初期パン”に関しては、最初はあくまでも”HM/HRサイド”の視点からあえて聴くようになったんですよ。だって、本格的な”パンク”を聴きもしないで否定する訳には行きませんですからね。そしたら、いつしかクラッシュにはかなりはまってしまいましたが(笑)
  1. 2006/08/04(金) 22:42:59 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

着崩し なのか だらしないのか。

 和装の上級者に於ける格好に「着崩し」と呼ばれるスタイルがあります。基本的な着付けをしっかり覚えた上でそれを個人アレンジで自由にライフスタイルに合わせるように崩す。これが着崩し。「粋」とされます。

 ロックという物はやはり、野神氏の仰るとおり、自分達の信念や表現スタイルに真っ直ぐであり、それを伝える音楽であるべきだと、私も思うんです。

 ブルーハーツはその、我々がロックの根本だと思い込んでいた部分を一気に破壊したんですよね。きっと。
 着の身着のままのスタイルで。ようするにそこら辺を歩いている兄ちゃん達がだらしない格好で歩いてる事を肯定してしまったんですよ。

 それまでは不良もロックと同様、思想を持った人間だったと思うんです。ところが、ブルハーの時代はだらしなさの肯定を認めるような時代だったのでしょうね。なんかもう、世間の全てがブルハーを支持しながら脱力して行った感じです。

 かく言う私もブルハーに救われた一人ですし。確かに「劣等性で十分だ」と彼らは歌って、それまで逃げ場の無かった劣等性と呼ばれる人種に一定の逃げ場を与えましたが、本当は「そこから頑張れば、ステージで演奏してる俺達みたいになれるんだぜ!」という魂の入った応援歌だったんだと思うんですがね。

 後者のメッセージまで受け取った人は残念ながらごく僅かだったということなのでしょう。せいぜい、みてくれと形どまりで偽ブルハーが横行してしまっただけでしたから。


 ただ、今にして思うと、ロックというジャンルに一括りにしてはいけない、ん~、できないような音楽だったんだと思うんですよ。
 演奏でジャンル分けすると、それはパンクなんでしょうけれど、思想がパンクじゃないですし。

 やはり、そこは日本的フォークロックとか童謡ロック、あるいは演歌ロックというくくりがしっくり来るような気もします。

 でもね。
 私は今でも、この「青臭い心」「憂鬱な感じ」が嫌いじゃないですよ。なにしろ青春の一ページですから。
  1. 2006/08/12(土) 06:33:54 |
  2. URL |
  3. フクフク丸 #oKAhFFW.
  4. [ 編集]

だらしなさの肯定

すみません(汗) この書き込みがある事に気付きませんでした(謝)

そうですね、確かにこの頃から”ファッション面”では”不良”と”一般人”の区別が付かなくなったのは確かでしょう。だから逆に渋谷辺りに行くのを恐れた人も多かったのでしょう(チーマーと呼ばれる連中が登場したのもこの頃辺りでは?)。

そして、この”シーン”を境に若者の”個性的価値観”も薄れていったのも事実です。本当の”好き嫌い”より”流行”を重視するようになっていったと思います。特に”音楽”の方では。かつて”アイドル全盛期”の頃は、秀樹VSひろみ、百恵VS淳子、キャンディーズVSピンクレディー、それから俊ちゃんVSマッチ、聖子VS明菜、チェッカーズVS少年隊といったようにファン同士の”いがみ合い”みたいなものも見られたのですが、ブルーハーツ以降(おニャン子以降?)こういったファン同士の”対立構造”がすっかりなくなってしまったのは確か。それ以前のBOΦWY派がブルーハーツに反発するどころか、その多くはそちらに流れていきましたから(汗) それでもそちらに流れなかった”残党”がやがてモッズ辺りに流れていったのではないでしょうか(僕はそうだが)。更に時を経て宇多田ファンの多くも倉木麻衣を認めてしまった事を考えれば、もはや”自分の好みの主張”や”他への対抗意識”、更には”何かに対するポリシー”みたいなものがすっかりなくなってしまった感はありますね(悲)

”だらしなさの肯定”という意味では、確かにその当初はブルーハーツに助けられたと感じた人は多かったのかもしれませんが、皮肉にもそれが昨今の”犯罪の若年化及び幼稚化”にもつながっているような気がしてなりません。ブルーハーツはこういったものを否定する”平和主義”を歌っていたとは思うのですが、どうもそれが伝わりきれなかったのではないでしょうか。正直あの”音楽性”では”説得力”に欠ける部分もあるんです。傍から見るとふざけてるようにしか見えませんでしたから。

それでも、この手の音楽が多くの日本人の”心“を揺さぶった、というのはおそらく日本人の”遺伝子レベル”の問題なのかもしれません。
  1. 2006/09/13(水) 06:25:39 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

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