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運命という名のレール

”運命”と言われるものは、ある程度の”選択の幅”はあるものの基本的には”決められたレール”に乗っかったものなのではないか?としばしば感じる事があります。人間にはそれぞれ持って生まれた”才能”、”資質”があり、基本的にはそれに乗っ取った形の”生き方”を無意識のうちに強いられているような気がしてなりません。確かに、中には”貧乏生まれ”で、”才気”にも恵まれておらず、”容姿”にも恵まれていない人が奇跡的に”大成功”を収める事もあるでしょう。それもまた、初めから決まっていた”運命”なのかもしれません。しかし、大方は自分の”才能”、”資質”以上の努力をしようとしてもその”運命の枠”を超える事はできないと思います。むろん、そういったものに恵まれた人でさえ、自分の”才能”、”資質”を過信しすぎれば必ず”転落”の道が待っています。

武士として初めて”太政大臣”に上り詰め、事実上の日本の”実権”を握る事になった平清盛とその一族は、その”栄華”のあまり我を失い「平家にあらずんば人にあらず。」というぐらいに思い上がってしまった事で「奢る平家は久しからず。」と言うが如く源氏によって滅ぼされました。その約400年後、それまでの”伝統的社会システム”を真っ向から破壊し、奇抜な”発想力”、大胆な”行動力”、そして強大な”軍事力”によって”天下”を手中に収めた織田信長は、やがて”天皇”をも排除し自らが事実上の”最高権力者”になろうとするほど高慢になったため、家臣の明智光秀に本能寺で討たれました。
時代は大分下って”バブル崩壊”によってそれまで”芸能界一の大金持ち”とまで言われた千昌夫が一気に”借金王”となってしまいました。そしてここ最近では20代で”起業”し、その後多くの会社を”吸収合併”する事によってIT企業「ライブドア」を設立し、”年商100億円”の大企業にまで成長させた堀江貴文は、更に”欲”に目がくらんでニッポン放送の”株”を買占め、そしてフジテレビを”買収”しようと目論見ますが、やがて”証券取引法違反”で逮捕。ライブドア株は一気に”大暴落”。やがて、”上場廃止”となり”経営危機”に立たされている状況です。更にその”黒幕”ではないかと言われ、ニッポン放送株はもとより、やがて阪神の株を買占め”買収寸前”まで行った「M&Aコンサルティング(通称村上ファンド)」の村上世彰社長は、”インサイダー取引”の疑いで逮捕される事になりました(哀) ”格闘技”の方でもその”最高峰”にあったといっても過言ではないPRIDEが”暴力団”との関係が露呈したためフジテレビから撤退させられ”経営危機”に瀕しています。

やはり、人生において本当の意味で”成功”を収めるには、自分の”才能”、”資質”に慢心して一気に駆け上がるより、それらをある程度抑えながら”回り道”をする事の方が本当の意味での”成功”につながるのではないでしょうか? 要するに「急がば回れ。」なんです。これを実行した”武将”は、信長でも秀吉でもない、”江戸時代260年”の”礎”を築いた徳川家康です。実際、武将としての”魅力”は家康より信長や秀吉の方が遥かに感じると思います。されど、その”人間的魅力”すなわち”才能”、”資質”に溺れてしまった事が信長や秀吉を”転落”させた事を考えれば、そういったものをほどほどに活用して、後は地道な”努力”、着実な”地固め”、それから周囲に対する”警戒”と細めな”配慮”、そして”時”をじっくり待った事が家康の”成功”の秘訣であることは確かだと思います。そういった意味でも、”運命”とはいたずらに”人の力”で変えられるものではなく、ある程度は”決められた宿命”の範囲内で人は行動しなければならないのかも知れません。

僕は、決して”器用”な人間じゃありません。頭もそれほど良くないし、”いい大学”は出てないし、”資格”も持っておりません。そんな状況で一応難なく”就職活動”を終え、ある住宅メーカーに就職した後もなんとなくのらりくらりと7年ほど経ってしまい、しかし、”経営悪化”のため突如の”人事異動”。大学の”学科”も違えば”資格”も無い自分が”不利”な条件を与えられるのは当然だったんです。そして、新しい部署にはなじめず半年後”退社”して、それから”就職活動”をするにも中々いい勤め先は見つからず、”アルバイト”なら一応あったので、とりあえず”つなぎ”と新たな”人生の見直し”のつもりでそこへ応募し、それがそのまま現在に至っている状況です(悲) ”人生の見直し”といっても既に”30歳”は越えていた訳で、父親も”定年間近”だったし、弟は働いていない。その内、自分も焦り始める訳ですが、先輩のアルバイトの人が辞めた後その”後続”が中々続かず(彼らこそ後の”ニート”の卵という事か?)、人がいないから中々辞められないわ、更には家の”リフォーム”の話があったりして、本格的に”資格獲得”に動こうと思えど、”安月給”のため資金が中々溜まらず、それでも友人からの”旅行”への誘いがあったりして”出費”が重なり、更には別の友人からも”旅行”の話があってそれは断ったのに、強引に話を進められてしまい、さらに後に我が家で引き取る事になる難病に冒された叔父の”借金”、そして、”リフォーム”の予想以上金額、叔父の更なる”借金”のために、結局何も出来ないままここまで至ってしまいました(悲) でも、よくよく考えてみると、これもまた”運命”なのかな?と最近は思うようになりました。実際、資金が厳しい状態で無理やり”資格獲得”に動こうとしたって、今の時代誰も彼もが同じような理由で”資格”を目指す訳ですから、当然”倍率”は高くなる訳だし、もし”資格”が取れなければそれまでの”金”は泡と消えるわけですから、そうなるととりあえずは”今のまま”で正解だったのかもしれません。現在、ある時計を扱う会社でのアルバイトの他に月2回ぐらい土日に”登録制”のバイトも入れるようにして、後は普段の”食事代”などを上手く計算しながら生計を立てている状況です。最終的には、もっとそれなりの”ポジション”には就いた方がいいとは思いますが、現時点ではそういったものよりまずは”生きる”事を優先にしました。

現在、国はどうも”若い人達”に対して”学歴”、”資格”などをぶる下げてこれらを全うしていれば”高いポスト”を用意します、みたいな態度をとっているようにも思えるのですが、確かにそれによって必要以上に”高いポスト”に就いている若い人もいる事でしょう(特に”男女効用均等法”による女性の飛躍が目立ちますが)。でも、それが全う出来なかった人達がその”反動”によって”ニート”と呼ばれる”働かない若者”になっているのも事実です。まぁ、今や”団塊の世代”も”定年”を迎え、”若い世代”に活躍してもらわなければ確かに困るのですが、だからと言って”若い世代(あるいは女性)”を必要以上に”好待遇”するのも考え物だと思います。”才能”や”資格”があればそれでいいってもんじゃありません。やはり”経験”や”人柄”も重視しないと”社会”は成り立たないと思うんです。そんな形で多くの若者が”高いポスト”に就いた所でいずれは転げ落ちる事でしょう。”運命”というものはあくまでもその人の”才能”、”資質”の範囲内である程度の”余裕”を保った形での状態を生き抜くように決められているのではないでしょうか?

人間それぞれ持って生まれた”才能”、”資質”は違います。信長や秀吉のような”生き方”が出来る人もいれば、家康や現在”大河ドラマ”の主役である山内一豊のような”生き方”をしなければ生きていけない人もいるんです。”格闘家”で言えば”一撃必勝シューター”もいれば”アウトボクサー”もいる。”プロレスラー”で言えば”ストロングスタイル”もいれば”天才的テクニシャン”もいれば”パワーファイター”もいればリック・フレアーのような”パーフェクトインサイドワーク”のレスラーもいるんです。僕が目指す所は”武将”で言えば家康か一豊、”ボクサー”で言えば”アウトボクサー”、”レスラー”で言えばリック・フレアー、という事になるでしょう。”不器用”なだけに、頭を”フル”に回転させて、とにかく必至に”生きる道”を確保していく事が現時点で僕に与えられた”運命”なのかもしれません。
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人生の主導権は誰にあるのでしょう?
一度野神さんのような年上の人に聞いてみたかったんですよ。自分の意思ではなく100%親の意思によって生まれて来た、と考えれば自分の人生の主導権は親にあるべきではないのか。それともやっぱり現在自分の意思があるため自分の人生の主導権は自分なのか。

僕は理想を言えばゴッチさんみたいな人生を作りたいであります。日本人で言えば植芝盛平や宮本武蔵のような。言葉で言うと一生稽古。年取って老衰で死ぬ直前が人生の頂上でありたいものです。
  1. 2006/06/12(月) 20:38:01 |
  2. URL |
  3. むぎ #-
  4. [ 編集]

人生の主導権?

それは”神”にあり? まぁ、自分の”人生”は、基本的には自分で決める事です。というか、”人生”と”運命”という言葉を使い分けた方がいいのかもしれません。

”人生”とはあくまでも自分で設計し構築する”生き方”であって、それが”運命”という空間の中で営まれているものだと思います。しかし、じゃぁ”運命”というものは何者によって決められているのか? もっとも、それが本当に決められたものなのかも良くわかりませんがね。”偶然”なのか”必然”なのかまだ今の所はなんとも言えません。

ただ、”運命”というものが何の”意思”も働かないほぼ”無”に等しい存在だとしたら、それこそ人の成すがままに”運命”は決まらなければならない訳で、”器用”な人間は必ず”成功”し、”不器用”な人間は必ず”失敗”する、という事になるでしょう。しかし、現実には”器用”でも”失敗”する人もいれば、”不器用”でも”成功”する人もいるんです。”前者”の場合は、「成功する!」という自負を持っていながらも、そこに何らかの”予期せぬ事態”が起こるために”失敗”する訳で、”後者”の場合はとにかく”ダメ元”でその道へ向かって頑張っていると、途中で”何者か”が自分の背中を押すか、自分の腕を引き上げるような形で自分の向かう方向へ導かれる、という事です。これこそ”運命のいたずら”なのだと思います。

要するに、”人生”とは自分が決めるか親が決めるかはともかく、”人間の意志”によって決める事が出来るものであって、”運命”とは”自分の意思”では決める事の出来ないもっと”次元”の高いものだと思うんです。まぁ、それでも”運命”というものは”100%”決まりきったものではなくて、”選択の幅”はあるものだと思います。でも、その”選択の幅”を超えようとした時、そこに”壁”が立ちはだかり、更にそれをも無理やり越えようとすれば”転落”が待っている、という事ではないでしょうか。そういった意味で、”運命”たるものは簡単に侮ってはいけないものだと僕は思います。
  1. 2006/06/12(月) 22:25:48 |
  2. URL |
  3. スーパーpsy野神 #-
  4. [ 編集]

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