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日本を沸かせた外人レスラー① 世界チャンピオン

今の”日本プロレス界”には、所謂”世界チャンピオン”の姿を見る事はない。”WWF”の興行的成功により、団体が拡大化。やがて、多くの”大物レスラー”を吸収。一方、他の2大勢力”NWA””AWA”はというと、NWAはノースカロライナのクロケット派を買収したWCWと対立、やがて”分裂”する事によって”NWA王座”の看板は地に落ち、今や一介の”ローカル団体”に成り下がってしまった。AWAの方も”創始者”バーン・ガニアの”独裁体制”の元、徐々に選手が離れていき、やがて”崩壊”するに到った訳である。そして、NWAから独立したWCWも、経営面の問題からか、ABCTVに買収される事になり、やがてはWWFに吸収される。そして、”巨大化”したWWFは全米で広大な”マーケット”を展開するようになり、その後団体名も”WWE”と改名して今日に到っている訳である。
今や日本では見る事が出来なくなった”世界チャンピオン”。しかし、かつては彼らも”日本プロレス界”に大いに貢献していたのである。

一番最初に日本に来た”世界チャンピオン”は、当時の”第40代NWA世界ヘビー級チャンピオン”ルーテーズ。1957年に”初来日”し、力道山と”名勝負”を繰り広げ、日本に”その名”を轟かせた。次に、猪木と”フルタイム”で戦い、王座を防衛した第46代王者ドリー・ファンクJr。その後、”MrNWA””Mrプロレス”ハーリー・レイス→ジャック・ブリスコへと移行、この”両者”の攻防の後、ドリーの弟テリーも”第51代NWA世界王者”となる。やがてブリスコが返り咲くと、その後馬場が”日本人初”の”NWA王者(第49代、第55代、第57代)”となる。そして、”NWAベルト”はハーリー・レイスの”代名詞”となり第47代、第52代、第54代、第56代、第58代、第60代、第63代・・・と通算7度も載冠した訳だが、そこへ立ちはだかったのが”狂乱の貴公子”リック・フレアー。やがてベルトはフレアーの手に。彼も、第62代、第64代、第66代、第68代、第70代、第72代、第74代、第78代・・・と通算8度も”戴冠”している。そして、NWAとWCWが”分裂”するまで、ベルトはほぼフレアーの”虎の子”と化した。
フレアーは、日本でも”タイトルマッチ”を多く行っているが、中でも当時若干24歳だった”鉄の爪一家期待の星”ケリー・フォン・エリックに奪われたベルトを奪還したり、”新日本マット”でも、藤波とタイトルを賭けて戦い、藤波が”幻の王者”となるも、”NWAルール”によってそれが覆された事でファンの”失笑”を買った事もある。

AWAの方は、その”創始者”バーン・ガニアが1970年国際プロレスに初来日。以降長い間”王者”として君臨し、やがて時代はニック・ボックウィンクル(第28代、第30代、第32代)へと移る。”ダーティー・チャンピオン”と呼ばれ、負けそうになると、必ず”反則”をして防衛する、といった”ルール以内”であれば手段も辞さない防衛をしてきた。そこで、こうした汚いやり方に業を煮やした全日サイドは、急遽”PWFルール”を適用して、鶴田との対戦を要求する。それが功を奏してか、”バックドロップホールド”で見事ベルトを奪取(第33代)。その後リック・マーテルを経て、スタン・ハンセンが”第35第王者”に君臨する。しかし、ハンセンがあまりにも強すぎるせいか、AWAのプロモーターはいろいろ”難癖”をつけて醜い”剥奪劇”を行うのである。この”事件”を境に、”AWAベルト”の権威は失落し、やがて”団体崩壊”へとつながるのである。
”WWF王者”は、”WWWF”と名乗っていた頃、ボブ・バックランドが”第8代王者”として”新日マット”に来日。その後、猪木が”王座”を奪取。しかし、再びバックランドに奪われた。後に、アイアン・シークを経て新日本が育てた”大物外人”ハルク・ホーガンの手に(第12代)。そのまま、暫く”不動の王者”となるが、ホーガンの活躍により、WWFの”マーケット”は拡大し、”NWA脱退”により”世界”の文字を取り戻し、やがて新日本との契約も切れ、ホーガンを初めとする”大物外人”を一挙に独占する事となる。


その後は、NWAから独立した”WCW”から、レックス・ルガーが”王者”として来日したり、ここ最近では、ZERO-ONEとNWAとの提携により橋本が”王者”としてベルトを持ち帰ってきた、といったぐらいで、事実上、今の”日本マット”では所謂”世界三大ヘビー級王座”は見る事が出来なくなった訳である。各々の団体のベルト(IWGP、GHC、三冠等)を”頂点”としてやっている訳であるが、それにしても今の”日本プロレス界”に”世界”の文字が見られないのは非情に”寂しい”事態であろう。”PRIDE””K-1”等と比較されてしまう要因は、こういった部分にもあるのではなかろうか・・・。
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  1. 2005/04/29(金) 22:10:16|
  2. プロレス|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1
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コメント

結局は。

総合格闘技で言えば、PRIDEとUFCの選手引き抜きはありますけど、団体としての提携とかは無いわけで、団体として凝り固まってしまうと、柔軟性に掛けるマッチメークしかできなくなるのは仕方ない事だと思います。

互いに看板選手がいるわけですから。

WWEが独占色を強めるほど、そこからドロップした外国人選手を日本の団体は美味しく使える状態にもなると思います。

それに目をつけたのが今の全日本プロレスでしょう。

とりあえず、レズナーの去就は気になりますね。

日本に、ハンセンみたいな強い外国人レスラーの「定住」が復活する日も近いかもしれませんよね。
  1. 2005/04/30(土) 09:20:41 |
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  3. フクフク丸 #-
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