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退団して8年・・・小島聡、G1初制覇!

夏休み前後は”忙しさ”と”暑さ”で中々書き込みが出来ず、夏休み最後の日は”旅行”の記事で丸1日かかったため、次の日から少しずつ”G1決勝戦”の書き込みをしようとしようとしたら、パソコンが全く起動せず、”サポートセンター”へ電話しても回りくどい”音声による説明及び質問”を受けた挙句に、最終的に「10分待ってください。」と、こっちも時間がそれほどある訳じゃないのにここまで待たされるなら買った方が早いと思って、結局新しいパソコンを買ってしまいました。まるで、新しいものを買わせるためにワザと回りくどく対応を焦らしているようにも思えてなりません(悔) もっとも、以前持っていた(一応まだ手元にはあるが)パソコンは二型前のタイプ(Windows XP)だったので、ちょうど替え時かな?とは思いましたが・・・。

さて、今年の「G1クライマックス ⅩⅩ 決勝戦」ですが、5月いっぱいで”全日本プロレス”を退団し、6月に左ヒジを手術し、そして”フリー”となって”G1”に参戦を果たした小島聡が、G120年目にして初の”所属外選手優勝”を成し遂げました。勿論、彼自身も”初優勝”です! ’99年に中西、’01年に永田、’03年、’04年、’06年に天山、と”同年代”がG1を制覇していますが、小島は”全日本”へいたため一度全日時代に参戦するも”優勝”はまだしていませんでした。今回の”全日退団→G1参戦”へ至った経緯については「忘れ物を取り戻すため」と本人言っていたようですが、かつてこれと同じような事を言って全日から新日に強引に戻ってきたお方がいたような気がしましたが(笑) しかも、彼も離脱前に”怪我?(ガングリオン)”がどうたらこうたら言っておりましたが(苦笑)

まぁ、長州の事は置いといて(笑)、今回の小島は相当”本気”だったようですね。もはや、”新日所属”でも”全日所属”でもなく、”フリー”として裸一貫で挑んできた訳ですからね。一方の棚橋も現在”無冠”で、しかもここの所矢野との”髪切り抗争”にすっかり明け暮れてしまい、”タイトル絡み”の試合では”現IWGP王者”真壁をはじめ、”前王者”中邑、”MJP覇者”後藤の陰に隠れる憂き目に逢っていました。お互いが”崖っぷちからの再起”を賭けてのG1だった事は言うまでもないでしょう。

試合開始後、両者の間にはいつにない”緊張感”が走り、両者とも前半から容赦なくスパートしていました。小島は正直”不器用”なレスラーだと思いますが、だからこそ「ここぞ!」という時の感情が伝わってくるんですよね。変に”頭”を使うのではなく”体”と”気持ち”で戦っているからこそ、”予想外”の事が起きたり、試合後本人も言っていましたけど、”奇跡“が起こるんだと思います。棚橋も”ここ一番”の所で見せる”鬼棚橋”になっていましたからね。小島は”ラリアット”にこだわり続け、棚橋は”スイング・ブレード”、”スープレックス”、”ドラゴン・スクリュー”に執着する。変に多彩な技を出すよりも、一つの技に”魂”を込めて戦った方が試合は面白く感じます。お互いの”意地”と”プライド”がそこへ繁栄されますからね。

そして、試合終盤、トップロープに上ろうとしていた棚橋をエプロンにいた小島が”アックスボンバー”気味の”ラリアット”で吹っ飛ばした時から試合の流れが大きく一遍。それから、小島は”ラリアット”に執着し、棚橋も”スイング・ブレード”で切り返しを図るが、小島の”ラリアット”に賭ける意気込みの方がそれを上回り、最後は”スイング・ブレード”を狙う棚橋を”高速ラリアット”で迎撃”して”3カウント”! 小島がデビュー20年目にして”初優勝”! 更に、同じく20年目となる「G1クライマックス」において”所属外選手”が”初優勝”を果たす事になりました。試合後、小島は「次はIWGPだ!」と”IWGPタイトル挑戦”を表明し、リングを去りました。同じように”挫折”を何度も味わってきた”現王者”真壁とは共通する部分があると思います。両者の”プロレス”に対する”思い”、”熱”が物凄く詰まった凄まじい試合になるでしょう。でも、今度は何としてでも真壁に”至宝”を守ってもらいたい!

【G1 CLIMAX ⅩⅩ 決勝戦】
(日時)8月15日
(会場)両国国技館
(観衆)11,000人(超満員) 

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○高橋裕二郎(4点)(5分28秒 ムーンサルトプレス→片エビ固め)永田裕志(8点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
△中邑真輔(9点)(30分00秒 時間切れ引き分け)潮崎豪(9点)△

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○小島聡(10点)(12分09秒 ラリアット→片エビ固め)後藤洋央紀(8点)●
※小島が決勝戦進出!

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○矢野通(8点)(7分26秒 鏡割り→エビ固め)プリンス・デヴィッド(8点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○内藤哲也(7点)(10分52秒 前方回転エビ固め)中西学(8点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○棚橋弘至(9点)(11分58秒 後方回転脚折り固め)真壁刀義(8点)●
※棚橋が決勝戦進出!

(G1 CLIMAX ⅩⅩ 優勝決定戦)
○小島聡(Bブロック1位)(21分25秒 ラリアット→片エビ固め)棚橋弘至(Aブロック1位)●
※小島が「G1 CLIMAX ⅩⅩ」優勝! [退団して8年・・・小島聡、G1初制覇!]の続きを読む
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  1. 2010/08/22(日) 15:26:02|
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函館への旅②

3日目、朝6:30に朝食バイキングで早めに朝食を済ませ、身支度をした後、8時前にホテルを出発。すぐ駅に向かい、JR函館線に乗って大沼へ向かいました。大沼公園駅へ到着すると、駅のすぐそばにあるレンタサイクルを扱っているお土産屋兼食事処で自転車を借り、大沼の周りを自転車で走る事にしました。この日は前日、前々日と違って”快晴”だったため、サイクリングをするには絶好の日和でした。

大沼と蝦夷駒ケ岳






大沼と蝦夷駒ケ岳

大沼は、厳密には東側の”大沼”と西側の”小沼”に別れており、その間に通った道を通ってまずは東側の”大沼”の周りを一周しました。こちらは基本的に歩道が整備されていて道も比較的平坦で走りやすく、しかもこの道を自転車で走っているとかなり涼しさを感じました。湖沼もかなり美しく周りの木々も美しく、まさに”北海道”という感じでした。

大沼湖畔の湿原地






大沼湖畔の湿原林

走行して30分近くたった頃に湖沼の南側に入り、そこに木々がうっそうと生えた”湿原地帯”がありました。真ん中に木で出来た歩道が通り、岸まで行く事が出来ます。こちらも神秘的でいい雰囲気が出ていました。反対側には牧場もありました。更に南側から湖沼の後方へ見える”蝦夷駒ケ岳”の悠然とした姿がまた美しいんですよね。

そして、しばらく自転車を走らせると家々が姿を現し、そして駅周辺に出ました。でもって、今度は西側の”小沼”の周囲を走る事にしました。こちらの方は歩道が殆ど無く、車通りも多く、更に”上り坂”も多くて東側と比べてかなり走りにくかったです。更に時間的な関係もあるせいか、こちら側は結構暑かったです。やはり、”サイクリング”をするのは”東側”だけだった、という事なのでしょう。

昼12時をまわった頃、駅周辺に到着し、自転車を店へ返すと、前日行った居酒屋「根ぼっけ」の店の人から教えてもらった”ジャンボ焼きそば”の店へ行く事にしました。しかし、写真を見てえびや貝類が入ってたのを見て戸惑ったのですが、結局”中皿”を頼む事にしました。こちらの焼きそばは、あんかけののった所謂”五目焼きそば”で、”魚介類”や”肉”、”野菜”の他に”鳥のから揚げ(北海道で言う所の”ザンギ”)”が入っていました。皿は確かに大きかったのですが、”中皿”というだけあって麺の量は意外と少なく、「大皿にすればよかった!」と後悔しました(泣)

昼食後、今度は徒歩での”散策コース”をめぐる事にしました。この湖沼には小さな島々が多数浮かんでおり、言わば”湖沼版松島”と言っていいでしょう。

大沼に浮かぶ小島群






大沼に浮かぶ島々

この島の一部が散策出来るようになっており、島と島の間に橋が架かっていて”サイクリング”のみならず2度美味しさを堪能出来ました。

PM14:00をまわった頃、電車の本数の関係上、函館へ戻る事にしました。函館に到着すると、前日に素通りした”魚市場”や”金森レンガ倉庫”をじっくり見回る事にしました。「海鮮市場」には”鮮魚”、”魚介加工品”の他お菓子類等の”お土産類”も豊富においてありました。ただ、帰るのは翌日だったため、”お土産”を買うのは翌日にまわし、”レンガ倉庫”へ向かうことにしました。こちらは、横浜にあるレンガ倉庫同様、現在は様々な”ファッション雑貨店”が入っていました。そこから、少し足を進めると”ビアホール街”がありました。
一応、前日に行った店との約束もありましたが、こちらも無視できなかったので、先にこちらの店へ寄る事にするのですが、まずはホテルへ戻って風呂へ入る事にしました。

金森レンガ倉庫と函館山






金森レンガ倉庫と函館山

一旦ホテルへ戻って風呂に入った後、再びレンガ倉庫の方へ向かいました。現地に到着すると、すかさず「函館ビアホール」という店に入り、”生ビール大ジョッキ”、”鹿もも肉のペッパーソース煮”、”北海道開拓焼き(ジャガイモ、コーン、ベーコンなどが入ったチーズグラタン)”を注文。これらを食べ終わり、更に”函館地ビール”を注文。それを飲み終わると、少し早いですが”次”があるので店を出る事にしました。そこから、駅方面へ行く途中、「海鮮市場」の手前に「花畑牧場 函館直営店」を発見。思わず中に入ると、去年辺りは”年中品切れ”だった”生キャラメル”がたくさんおいてあるじゃありませんか。そこで、早速”生キャラメル”と”生キャラメルラスク”を買いました。しかし、”生キャラメル”は日持ちが相当足りないようなので、”保冷バッグ”に入れてもらい、仕方なく一度ホテルに戻り冷蔵庫で冷やす事にしました。

それから、再度ホテルを出て、前日行った居酒屋「根ぼっけ」へ向かいました。本当は、ちょっと高かったので注文しそびれた”根ぼっけ塩焼き”を頼もうと思ったのですが、この前に”ビアホール”へ行ってしまったため、前日頼んだ”みぞれ酒”と”めぬき刺身”を注文。つづいて、滅多に食べれない”ミンク鯨の刺身”を注文。更に料理長からのお勧めで”さんまの刺身”を注文。で、驚いたのが、何とさんまの刺身は”しょうが醤油”ではなく”一味唐辛子”を入れた醤油をつけるとの事。この食べ方は”漁師”の食べ方のようで、脂が乗っていてとても美味しかったです。さんまと一味がこれだけ相性が良いとは本当に驚きました。

その後、暑い中サイクリングをしたのと、”ビアホール”で前に飲んだせいか、結構酒も回ってきたので、”焼酎玉露割り”と”焼酎お湯割り”を頼んだ後、もう少しいたかったのですが店を後にしました。

翌日、時間が結構余裕があったので、再び「海鮮市場」へ行き、”お土産”をたくさん買った後、函館駅へ戻り、”帰路”に就きました。・・・終わり [函館への旅②]の続きを読む
  1. 2010/08/15(日) 19:50:19|
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函館への旅① 

今月11日から3泊4日で函館へ行って参りました。今年は不景気にせいかどうかわかりませんが、例年より休みが一日少なかったので、通常なら中一日休んで2日目に旅行へ出かけていたのを休み初日から出発したためかなりバタバタした旅行になりました。

一日目、大宮駅からまずAM8:54発の新幹線で八戸駅へ向かいました。やはり、”お盆休み”という事で、”指定席”に座っていながらも”混雑感”を感じていたのは確かですね。11:30過ぎに八戸に到着した後、PM12:14発の”特急白鳥”に乗って函館へ向かったのですが、そこからが思った以上に長かったです(疲) やはり、新幹線と違って特急列車の方がかなり時間が掛かります(早く青森まで開通して欲しい!)。八戸から青森まで約一時間、青森から津軽半島先端部の今別町付近までが約40分、そこから”青函トンネル”に入って北海道の福島町付近に出るまで約20分、そこから函館まで約1時間と計約3時間掛けて函館駅へ到着。北海道への”電車”での旅がいかに大変かを知る事になりました(汗)

JR函館駅から大通りへ出た所に市電の函館駅前電停があり、そこから湯の川温泉へ向かいました。思ったより時間がかかり、約30分後に到着。正直、”温泉地”という感じでは無い中途半端な街という感じでした。4:30ぐらいにホテルに”チェックイン”し、すぐに”大浴場”へ向かいました。”大浴場”は内湯2個と露天風呂があり、内湯は”無色透明のノーマルな湯”ともう一つが”日替わり湯”で、この日は”ラベンダー湯”でした。”露天風呂”の方は少々白く濁った本格的な湯でした。風呂から出てしばらく休んだ後、夕食の用意してある部屋へ向かったのですが、”ネット予約”で比較的安いプランで頼んでいたせいか、”メニュー”も”冷やし豚しゃぶ”と”うにの鍋物(イチゴ汁?)”と他は漬物や前菜ぐらいで”刺身盛り合わせ”があるものだと思っていたらそれが無く、正直寂しい夕食だった事は言うまでもありません(悲) その後、外で改めて食事も考えたのですが、その日は長旅の疲れか頭痛もしていたのでそのままテレビを見て寝る事にしました。

翌日、朝朝食の用意してある部屋に向かいました。朝食はバイキングで、正直前の日の夕食よりマシだったような気がしました。さて、朝食が終わり身支度を終えると、ホテルをチェックアウトして市電に乗って”五稜郭”へ向かいました。五稜郭電停へ到着すると、そこから10分程歩いてまずは”五稜郭タワー”へ行く事にしたのですが、11日、12日は”台風”の影響による雨で、正直視界も良くありませんでした(悔) タワーへ到着し、入場券を買うと、エレベーターへ案内され最上階へと向かいました。エレベーターを降りると、そこから”星型”の城郭が姿を現しました。そうです、これが幕末維新の最後の舞台となった”五稜郭”です。

五稜郭上空写真






五稜郭

五稜郭地上写真






地上から見た五稜郭

箱館奉行所






箱館奉行所

五稜郭・・・江戸時代末期(1857年~1866年)に現在の北海道函館市に建造された日本発の”西洋式城郭”。正式には”亀田役所土塁(柳野城ともいう)”と呼ばれ、その形状が星型をしている事から”五稜郭”と呼ばれるようになった。日米和親条約締結による函館開港に伴い、防衛力の強化と役所の移転問題を解決するために徳川家定の命により築造された(設計者は洋式軍学者の武田斐三郎)。当初はここに箱館奉行所が置かれ、幕府直轄の政庁としての役割を果たしていたが、”戊辰戦争”が勃発した事に伴い、その役目は終わり、代わって榎本武楊、大鳥圭介、土方歳三ら”旧幕府軍”の最後の拠点となり、明治2(1869)年に旧幕府軍は新政府軍に降伏し、五稜郭は明け渡される。

タワー内には、五稜郭に関する歴史、人物に関する記事が壁に掲載され、さらにそれを元にした模型も展示してありました。タワーを出ると、今度は五稜郭内に入る事にしました。通常の日本の城郭と違ってかなり平坦な造りでした。そのため、”攻め”には有利でも”守り”には不利だったのかな?という感じはしましたね。もっとも、この城郭は本来”城”ではなくあくまでも”奉行所”を守るためのものだった訳ですからね。そして、内部へ向かうと、今年からオープンした新品同然の”箱館奉行所”がありました。その中は、かなり広く、しかもみんな新品で綺麗だったため、くれぐれも荷物をぶつけないようにと気を使っておりました。

五稜郭を後にして、再び市電に乗り、函館駅へ向かいました。ちょうど昼時だったので、駅前の”函館朝市”の手前にある”どんぶり横丁”で昼食を取る事にしました。ちなみに、僕は北海道では当然食べなければいけないはずの”かに”、”うに”、”いか”、”いくら”等が苦手なため、一応そこでしか食べられないだろうと思って”北海かれい定食”を注文しました。かれいは通常”煮物”として食べますが、この店では”焼き魚”として出されていました。で、料理が運ばれてきて、早速食べると、やはり地物は違う、と思いました。結構ボリュームもあって上記の4つの”北海名物”が食べられなくても十分満足できました。

昼食後、正直天候は悪かったのですが、時間が空いてしまうので函館山へ向かう事にしました。市電に乗ろうともしたのですが、どのみち電停から歩かなければならなかったため、雨の中そのままロープウェイ乗り場まで歩く事にしました。その途中、”魚市場”、”金森レンガ倉庫”、”ビアホール街”等を通り、更に坂道を登ってようやくロープウェイ乗り場へ到着。正直、その時点でも視界は悪かったですが、せっかく来たので乗る事にしました。
頂上へ到着し、早速写真を撮りましたが以下の通りです(汗)

函館山からの風景






函館山からの風景

天気が悪かったので、あまり長く滞在せず、すぐにロープウェイで下へ降りる事にしました。そして、”重要文化財”に指定されている”ハリストス正教会”へ向かいました。僕は”キリスト教”とは無縁の人間なので、”教会”と聞いてもあまりピンと来ないのですが、せっかくなので向かったはいいけど、こちらも外部は工事中なので足場で覆われている状態。で、中に入ったのですが、特別煌びやかな装飾が施されていた訳でもなく、単なるちっぽけな教会、という印象しか受けませんでした。

ハリストス正教会








ハリストス正教会

他にも、”旧イギリス領事館”、旧函館区公会堂”、”高田屋嘉兵衛資料館”等がありましたが、そちらは省略して今度は市電を使って函館駅まで行き、次のホテルへ向かいチェックイン。すぐに風呂へ入り、それから雨でビショビショに濡れた服をドライヤーで乾かした後、夕食を取るために外出しました。

駅近辺をくまなく探したのですが、結構穴場的な”居酒屋横丁”等もあっていろいろ迷った末、大通りから細い道へ少し入った所の若干値段は高いが”地物”を置いていそうな「根ぼっけ」という店へ入る事にしました。その店の店主や料理長が感じのいい方々で、通常地方の居酒屋に入って店の人と会話をする事は殆ど無いのですが、いろいろ情報も頂いて心が和みました。”料理”の方は、まず北海道ならではの”じゃがバター”と”アスパラバター”を注文。ジャガイモも美味しかったですし、アスパラも甘みがあって美味しかったです。”酒”の方はまずはビールを注文し、次に”みぞれ酒”なるものを注文。こちらは、日本酒を凍らせてカキ氷のように削ったもの。こちらは、飲むまでに少々解けるのを待たなきゃいけないんですが、かなりの見ごたえのある酒でした。”料理”の方は次にこの店の”看板メニュー”である”根ぼっけの刺身”を注文。ほっけを刺身で食べる事は滅多にありませんが、身が薄ピンク色をしていて、クニュッとした柔らかい食感で美味しかったです。それから、例の”みぞれ酒”を時間を掛けて飲みながら店の人といろいろ会話し、後は焼酎とサワーを頼み、翌日来る約束をして、店を出て、ラーメン屋へ向かいました。

再び大通り沿いに出て、函館駅方面へ足を進めた所に「ゆうみん」というラーメン屋に入り、そこで”塩ラーメン”を注文。ちょっと、お腹が満腹気味の所に無理やり食べたのですが、すんなり食べられたので、飲んだ後にはあっさりした塩ラーメンがいいですね。

翌日、朝早く大沼まで出かけるために、すぐにホテルへ戻りしばらく休んでから床へつきました。

・・・つづく [函館への旅① ]の続きを読む
  1. 2010/08/15(日) 09:54:09|
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真夏の祭典、「G1クライマックスⅩⅩ」開幕!

今年の例年を上回る”猛暑”によってすっかり忘れていましたが、8.6、後楽園ホールにおいて新日本が誇る”真夏の祭典”、「G1クライマックスⅩⅩ」がついに開幕いたしました!

ここ最近、”ブログ”を書こうとしても”暑さ”と”疲れ”によってどうもキーボードを打つ気になれず、気が付いたら約1ヶ月間更新していませんでした(汗) ようやく、暑さが少し落ち着いてきたようなので、久しぶりに”プロレスネタ”を書きたいと思います。

”出場選手”ですが、”Aブロック”が”現IWGPヘビー級王者及び前年度覇者”真壁刀義、”’07年度覇者”棚橋弘至、”’99年度覇者”中西学、カール・アンダーソン、矢野通、内藤哲也、プリンス・デヴィッド(丸藤正道負傷欠場のため)、ストロングマン、”Bブロック”が”’08年度覇者”後藤洋央紀、”’01年度覇者”永田裕志、井上亘、ジャイアント・バーナード、中邑真輔、高橋裕二郎、潮崎豪(NOAH)、小島聡(フリー)となっています。当初、”IWGPJrヘビー”のベルトを失い、再び”大物食い”を狙いにきた丸藤正道が”変形性頚椎症性神経根症”により”不参加”となり、代わりに現在”絶好調”のプリンス・デヴィッドが急遽参加となりました。下手すると、彼が丸藤に代わって”大物食い”をする可能性が大いにありうると思います。また、裕次郎&内藤の”NO REMIT”も”番狂わせ”が期待できそうですので、今年はかなり荒れるような気がします。そして、”注目”は、何と言っても”同ブロック”となった後藤VS潮崎の”同世代似た者同士対決”です。”体格”、”風貌”、そして”ファイトスタイル”とかなり重なる部分が多いですが、ようやく”切り札”として”G1”に持ってきましたね。このまま両者の”決勝戦”にも期待したいですが、真壁、真輔、棚橋だって黙っちゃいないでしょうからね。でも、くれぐれもデヴィッドVS裕二郎による”決勝戦”にだけはならない事を願います!

【8.06、後楽園ホール大会】
〈観衆〉1,900人(超満員)

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○バーナード(2点)(9分19秒 ネックハンギングボム→エビ固め)井上(0点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○中西(2点)(7分30秒 大☆中西ジャーマン)矢野(0点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○デヴィッド(2点)(7分36秒 エビ固め)ストロングマン(0点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○潮崎(2点)(10分36秒 ゴーフラッシャー→片エビ固め)裕二郎(0点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○内藤(2点)(14分34秒 高角度前方回転エビ固め)真壁(0点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○永田(2点)(17分43秒 バックドロップホールド)中邑(0点)●

【8.07、大阪府立体育館大会】
〈観衆〉4,500人

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○デヴィッド(4点)(10分44秒 ブラディサンデー→エビ固め)アンダーソン(0点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○バーナード(2点)(13分05秒 バーナードライバー→片エビ固め)永田(2点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○潮崎(4点)(16分03秒 ゴーフラッシャー→片エビ固め)井上(0点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○小島(2点)(8分20秒 ラリアット→体固め)裕二郎(0点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○棚橋(2点)(6分50秒 ハイフライフロー→片エビ固め)ストロングマン(0点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○矢野(2点)(7分18秒 裏霞)真壁(0点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○後藤(2点)(16分51秒 足極めエビ固め)中邑(0点)●

【8.08、愛知県体育館大会】
〈観衆〉8,500人(超満員)

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○中西(4点)(7分29秒 大☆中西ジャーマン)アンダーソン(0点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
○矢野(4点)(5分16秒 横入り式エビ固め)ストロングマン(0点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○後藤(4点)(10分14秒 足極めエビ固め)井上(0点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○小島(4点)(15分13秒 ラリアット→片エビ固め)潮崎(4点)●

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○中邑(2点)(10分39秒 ボマイェ→体固め)バーナード(2点)●

(G1 CLIMAX Aブロック公式戦)
△棚橋(3点)(30分00秒 時間切れ引き分け)内藤(3点)△

(G1 CLIMAX Bブロック公式戦)
○真壁(2点)(13分36秒 キングコングニードロップ→体固め)デヴィッド(4点)● [真夏の祭典、「G1クライマックスⅩⅩ」開幕!]の続きを読む
  1. 2010/08/08(日) 11:51:12|
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この国の行く末は・・・-新尊皇攘夷論-

ここ最近、”忙しさ”と”暑さ”による疲労で中々書き込みが出来ませんでした(汗)

最近つくづく思うのは、日本の行政がますます悪化しているような気がしてならないんです。”ニュース”の話題では、”首相”が変わっても未だに迷走を繰り広げている民主党内閣、”相撲界”と”暴力団”の黒い関係が明るみになった事、”口蹄疫”をめぐる農水省の対応、未だに続く”幼児虐待事件”、更には死亡未確認高齢者が未だに役所に登録されている問題まで浮上。それ以外でも、最近”不良少年”風の若者をよく見かけるし、驚いたのが大学時代に”某西武系ローカル電車?”の前方にいたために電車が徐行運転をした時以来20年近くは目にする事が無かった”野良犬”を会社の帰りに目撃する等、正直今の日本の”行政”はますます歪んでしまっているのは事実です(怒) すっかり信用を失った”自民党”に代わって多くの国民が期待・支持した”民主党”に変わってからの方があべこべおかしくなっているじゃないですか!

もはや、何処の政党が政権を握っても一緒! 誰が”首相”になっても日本は変わりようが無い!! そう断言してもいいと思います。そもそも、現在の”政党内閣”自体がもはや”限界”である事は間違いないと思います。そんな時、現在NHKで放送されている大河ドラマ「龍馬伝」を見て思ったのが、今こそ”尊皇攘夷思想”はアリなんではないか?という事です。

”尊皇攘夷”とは、嘉永6年(1853年)にアメリカのペリー提督率いる”黒船”が浦賀沖に来航して以来、「日本国の主はあくまでも帝(天皇)であり、その帝の意向によって異国人を追い払う。」という思想で、当時事実上日本の政権を握っていた幕府が外国人相手にうろたえる上に、挙句朝廷の許可も得ずに勝手に”開国”した事によって、水戸藩、越前藩、そして長州藩の藩士を中心にこういった思想が広まっていき、やがて土佐藩の”下士階級(山内家家臣の”上士”によって差別されていた”旧長宗我部家家臣の末裔”)”までこの思想を支持するようになりました。

こうした背景を現在の日本と照らし合わせると、まず今の日本は敗戦後、”連合国軍総司令部(GHQ)”に一時占領されて後、”日本国憲法”を制定し、天皇を”国家元首”から”象徴”に変更した事によって正式に”独立国”となる訳ですが、その条件として”軍”を廃止し、アメリカ軍が日本の”軍事”をになう事になりましたが、これは事実上アメリカの”属国”になったも同然。故に、日本政府は事実上アメリカ政府の”傘下”にあるといっても過言ではなく、日本の”内閣総理大臣”も”アメリカ大統領”のように”国民選挙”によって選ばれる訳ではなく、おそらくアメリカの都合の良い首相が選ばれているのは明白。それ故、日本の法律もどうも”肝心”な部分が徹底されていない、というか、これも政治家や官僚、更には警察の都合のいいように出来ていて、そこにも”アメリカ政府”の圧力がかかっているようにも思えるんです。更には、そういった”法”によって最も取り締まらなければならないはずなのにも関わらず、上手く泳がされているのが”暴力団”や”不良グループ”の類です。そうなると、彼らが一般市民を巻き込む”大事件”を起こしてもその罪が比較的軽く済まされてしまうのも、その裏で”日本政府”果ては”アメリカ政府”が糸を引いてるのではないか?とも勘ぐりたくなります!

こういった事を踏まえると、もはや今の政府に日本を任せる訳には行きません! かと言って、再び天皇を”国家元首”という訳にも行かないでしょう。ただ、それでも”天皇”という存在は古来より日本国民に尊ばれていた”高貴な存在”であり、他の国における所謂”支配者(多くは”武力”によってその座に就いた”王”ないし”皇帝”)”とは違い、むしろ”宗教的”にも崇拝されていた云わば”現人神”だった訳ですよ。それを”権力”として利用した日本における”真の支配者”は、古くは”物部氏”、”蘇我氏”、”藤原氏”、”平家”、”源氏”、”北条氏”、”足利氏”、”織田氏”、”豊臣氏”、”徳川氏”といった人々であり、”明治以降”も事実上”政府”と”軍”が”天皇”の名を語って日本を支配してきたのは事実です。であれば、”天皇”の名の下における公平な”民主主義”を作り上げればそれでいいのではないでしょうか。

そのためには、まず、”宮内庁”を日本政府から独立させ、日本政府ではまかない切れない権限を天皇に託す。それによって”治安問題”や”環境問題”を”政府”と”天皇”の双方から管理する事によって問題は解決しやすくなると思います。(例-1:”暴力団”や”不良グループ”の取締りを”天皇名義”で行えば、これまでのようにうやむやにされた挙句”被害者”が不利になるような事は起こりにくくなる。例-2:無益且つ有害な”環境破壊”を”天皇名義”で阻止する。・・・etc) しかし、そうなるためには当の天皇や宮内庁関係者、それから天皇支持者にその気になってもらわないと駄目ですけどね。そして、アメリカとの関係ですが、いきなり関係を断ち切るのは正直”不可能”ですので、まずは現在成長著しいインドと手を組み、同じく急激な”経済成長”を遂げ現在日本を食い物にしようとしている中国を威嚇し、インドと同じ”宗教国家”にして中国と対立するチベットとも手を組む。更に、古くから日本とも関係が深く、経済的にも豊かになり、しかもアメリカとは”対立関係”にあるブラジル、メキシコ、アルゼンチンといった”中南米諸国”とも手を組む。しかし、それだけでは”軍事面”ではアメリカや中国には対抗出来ないので、最近中国との関係が悪化しているロシアを味方につければある程度は日本は”真の独立の道”を歩む事が出来ると思います。

ただ、問題なのは、”アメリカ”という国がそこまでたやすい国家ではない、という事です。一説では、現在のアメリカは他のどの国でも追いつかない”ハイテクノロジー”を保有しており、それによって他の国が持ち得ない”超最新兵器”を既に作り上げているようです。つまり、誰がどうあがいても今のアメリカに勝てる国は存在しない!という事です。しかし、かといって日本がこれまでのようにただ黙ってアメリカの”犬”となって、”日和見主義”、”事なかれ主義”を貫き通して日本の”行政”を悪化させるのは言語道断です! 何らかの形で、日本は世界に対して”アピール”する必要があるのではないでしょうか! [この国の行く末は・・・-新尊皇攘夷論-]の続きを読む
  1. 2010/08/08(日) 09:24:55|
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スーパーpsy野神

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