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昨日の「K-1グランプリ2010」 開幕戦

【Fields K-1 WORLD GP in YOKOHAMA 】
〈日時〉4月3日
〈会場〉横浜アリーナ
〈観衆〉10,153人

(第7試合)
○バダ・ハリ(モロッコ/ショータイム)(3R判定3-0)アレクセイ・イグナチョフ(ベラルーシ/フリー)●

(第6試合 K-1スーパーヘビー級タイトルマッチ)
○セーム・シュルト(王者)(オランダ/正道会館)(3R判定3-0)エロール・ジマーマン(キュラソー島/ゴールデングローリー)(挑戦者)●

(第5試合 K-1ヘビー級タイトルマッチ)
○京太郎(日本/チーム・ドラゴン)(王者)(2R1分56秒、KO ※右ストレート)ピーター・アーツ(オランダ/チーム・アーツ)(挑戦者)●

(第4試合)
○アリスター・オーフレイム(オランダ/ゴールデングローリー)(1R2分40秒、TKO ※右ひざ蹴り)ジャバット・ボトラック(ボスニア・ヘルツェコビナ/チーム・ボトラック)●

(第3試合)
○ジェロム・レ・バンナ(フランス/Le Banner X tream Team)(3R判定3-0)タイロン・スポーン(スリナム/ブラックレーベルファイティング)●

(第2試合)
○グーカン・サキ(トルコ/チームレベル)(3R判定3-0)シング”心”ジャディブ(インド/パワーオブドリーム)●

(第1試合)
○セルゲイ・ラシェンコ(ウクライナ/キャプテン)(3R判定3-0)佐藤匠(日本/極真会館)●


”4年ぶり”にK-1に参戦するイグナチョフ。”実況アナ”はここ数年のイグナチョフのスランプを「豊かな暮らしをした事による練習の怠惰」と言っていましたが、実際は、今から6年前、新日本プロレスの中邑真輔との”異種格闘技戦”で敗れた事によって、その”汚名”を背負ったイグナチョフが”K-1首脳”によって”次期王者候補”から意図的に引き摺り下ろされためなんです。そして、現在”K-1首脳”が一押しする選手が言うまでも無いバダ・ハリです。しかし、イグナチョフは2003年にハリに”KO勝ち”しているんです。そういった因縁から、今回このカードが決定したようです。されど、2003年の頃のハリはまだ”無名”で、その頃は日本の”K-1マット”にはまだ上がっていませんでした。しかし、今のハリが当時よりも断然”グレードアップ”しているわけですからね。
そして、いざ試合が始まると断然ハリペース。試合をするごとに”進化”をし続けるハリの勢いは止まらない! 一方のイグナチョフはやはり”ブランク”が感じられました。ハリのスピードが速すぎるのも重なってイグナチョフは終始何も出来ない状態でした(哀) まぁ、そうなる事が予測できたからこそ、谷川はイグナチョフの”K-1復帰”を許可したのでしょうが(苦笑)
で、結果は”判定”ながらハリの圧勝! イグナチョフはいっその事”プロレスラー”に転向して中邑の首を狙った方がよろしいかと思います(笑)

ハリと共に”K-1新世代”として台頭してきたもう一人の雄、”エロ自慢(笑)”ことエロール・ジマーマンは、セーム・シュルトの保持する”K-1スーパーヘビー級”のタイトルへの待望の挑戦! 今度こそ”絶対王者”の”高く厚き壁”が崩れる事を期待しましたが、そうは問屋が卸さない。シュルトもまた、わざとジマーマンが前に入り込めないように”キック”や”パンチ”でプレッシャーをかけていきます。さしものジマーマンもシュルトの”鉄壁な攻撃”を崩せないままあっけなく”判定負け”(哀) シュルトは”総合”なら勝つ術は結構あると思うのですが、”K-1”にいる以上はそう簡単には"王者"の座から落ちないでしょうね(悲)

”強い日本人製造機”と言っても過言ではない前田憲作会長率いる”チーム・ドラゴン”所属の京太郎は気付いたら”K-1ヘビー級王者”になっていました。そして、今回このタイトルに挑戦するのは”K-1の歴史を作ってきた立役者”の一人、ピーター・アーツです。アーツはある時期から急に”パワー”と”スタミナ”が衰え、「もうアーツは終わった。」という声さえ上がったと思われますが、ここ最近の好調ぶりを考えれば京太郎にとってはまさに”脅威”の相手だったはず。しかし、京太郎もまたハリやエロジマンと共に”K-1新世代”の一角。彼もまた、日々”進化”を遂げている選手だったようです。アーツの攻撃にも中々ひるまず、むしろ終始”優勢”で終盤”右ストレート”がカウンターで決まりまさかの”KO勝利”! 日本人の中からやっと本当に”強いヤツ”が現れてうれしい限りです(喜)

”引退の危機”に追い詰められたジェロム・レ・バンナの前に現れたのが、またも”K-1新世代”の一角であるタイロン・スボーン。”現ヘビー級王者”京太郎を判定で破った事もあり、今勢いのある選手のようです。試合序盤はどちらかというとバンナ優勢。しかし、スボーンも一見”KO”寸前の場面が見られるも中々しぶとい選手です。それに、どうもバンナの動きを見ているかのようにも思えました。”2R”以降は僕が見た感じでは”スボーン優勢”に見えました。中々動きもいい選手です。「バンナ、やっぱり”引退”か?」そういう”不安”も過ぎりましたが、蓋を開けてみるとバンナの”判定勝ち”(疑) う~む、今回はバンナにちょっと”オマケ”したかな?

”K-1最強の外敵”アリスター・オーフレイムの前に立ちはだかったのが、”格闘サイボーグ”を生み出す東欧圏のボスニア・ヘルツェコビナ出身のジャバット・ポトラック。さすがのアリスターも今回ばかりは危ういか?と思いました。実際、動きも素早いし、技術的にはまだまだ”隙”がうかがえるアリスターを”テクニック”で倒すかと予想しましたが、アリスターの”破壊力”は想像を逸しています。”膝蹴り”であえなく”TKO”になってしまいました(哀)

現時点での”格闘技番組”の中で”K-1ヘビー”だけが唯一安心して見られます。ハリ、エロジマン、京太郎、スボーンといった”新世代”も台頭しているだけに、K-1ヘビー”はまだまだ面白いですね。 [昨日の「K-1グランプリ2010」 開幕戦]の続きを読む
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  1. 2010/04/04(日) 19:37:15|
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鉄道沿線の桜 -千葉県・いすみ鉄道~小湊鉄道~

久しぶりに記事を書きます。現在桜がほぼ満開な時期になりましたが、4年前のゴールデンウィークに会津へ行った際、会津鉄道の沿線に植えられている桜の散り際が凄く綺麗だったのを思い出して、同じような”ローカル線”沿線で桜が見られる路線を検索した所、千葉県の大原から発車している”いすみ鉄道”とその延長で五井まで走っている”小湊鉄道”が見つかったため、これらの電車を乗る事にしました。

まず、東京駅の京葉線のホームから”特急わかしお号”に乗って大原まで行き、そこで”いすみ鉄道”へ乗り換えました。

いすみ鉄道






いすみ鉄道

二両編成、単線の典型的な”ローカル線”で、大原から上総中野まで走っています。で、大原からまずは最近”戦国ブーム”で”徳川きっての名将”本多忠勝を”大河ドラマ”にする運動をする事で”町興し”をしている大多喜へ向かいました。その途中の沿線沿いに桜並木と菜の花畑が広がり、まさに”最高の春”を演出していました。

沿線の桜と菜の花






いすみ鉄道沿線の桜と菜の花

本多忠勝








本多忠勝

駅を降りて、まずは”昼食”を取るために、地元で有名な且つ多くの”芸能人”も訪れているとんかつ屋「有屋」へ行きました。この店では、通常の定食(旗本(肩ロース)とんかつ、家老(ロース)とんかつ、大名(ヒレ)とんかつ)の他に”津軽(りんご)とんかつ”、”博多(明太子)とんかつ”、”チーズとんかつ”、”カリフォルニア(アーモンド)とんかつ”等様々な”変わりとんかつ”があり、僕はその中で”わらじ(特大)とんかつ”を注文しました。文字通り、通常より一回り大き目のサイズで厚みのあるとんかつでしたが、食べてみると肉も柔らかく、衣も厚めの割にはそれ程お腹にたまらずすんなり食べられたのが良かったですね。

昼食を取り終わると、目的地である”大多喜城”へ足を進めました。城へ辿りつくまでは多少距離があったのですが、少し歩くと”御禁止(おとめ)川”という川が見えてきてその背後には林が広がり、ウグイス等の小鳥のさえずりが飛び交いかなりの風情を感じました。そして、桜も通常の城の場合は前面の道路や堀の周りに”桜並木”をこれ見よがしに大量に植えていますが、こちらは道路脇が崖になっており、そこにぽつりぽつりとごく自然な感じに植えられているのがまた風情を感じましたね。単に”権力”をひけらかしたものではなく”自然美”を利用しているのがなんとも素晴らしかったですね。

御禁止側沿いの桜








御禁止川沿いの桜

更に上り坂を登っていくと、周りを桜で覆われた小ぶりながら立派な城が見えてきました。
大多喜城・・・大永元(1521)年、真里谷城の武田氏の一族、真里谷武田信清が築城したといわれ、その後上総の戦国大名・里見氏配下の正木の居城となり、天正十八(1590)年の豊臣秀吉による北条氏討伐後の里見氏領地没収と徳川家康の関東移封に伴って、徳川四天王の一人、本多忠勝が入城し、江戸時代に入ると城主は阿部、青山、久世、稲垣、植村と交代し、元禄十六(1703)年に松平正久が引継ぎ以後九代明治維新まで続く。

大多喜城






大多喜城

大多喜城の桜






大多喜城の桜

城の中は”歴史資料館”になっていて、本多忠勝の甲冑や武器等や、その後の複数の城主にまつわる品々が展示されていました。また、この城の模型も展示されていたのですが、模型を見てもわかる通り小高い丘の上に建てられている上、城を囲うように蛇行している(人工的に蛇行させたのか?)御禁止川がまさに”天然の要害”として控えています。あの”泣く子も黙る百戦錬磨の猛将”本多忠勝が居城としたのも伺えます。

大多喜城を後にし、再び駅へ戻りお土産を買った後、今度は”小湊鉄道”へ乗り継ぐために上総中野へ向かいました。電車が出発すると辺り一面に田園風景が広がり、沿線に沿って桜並木と菜の花畑が延々と続いていきます。こうした”のどかな風景”に心が洗われます。出発から約40分経ち”いすみ鉄道”の終点・上総中野駅に到着。そこから、”小湊鉄道”へ乗り換え終点五井に向かい、今回の旅は終了です。今回の旅は自分の中ではかなり”ベスト”な旅でした。

小湊鉄道






小湊鉄道


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  1. 2010/04/04(日) 13:59:10|
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スーパーpsy野神

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