12月に入り、相変わらずバタバタしているので中々書けませんでした(泣)
やっと帰ってきました! あの”伝説の男”が!! 昨年6月29日、7.18武道館における”高山復帰戦”における三沢&秋山VS小橋&高山戦を目前としていた中、精密検査で”腎臓癌”である事が発覚し、その手術・治療のために約1年半の”長期欠場”を余儀なくされた小橋建太。7月早々に手術を行い、無事成功したものの、それからが”苦難”の毎日だったようですね。
”プロレスラー”と言えども、所詮は”人間”ですから、手術によって右の腎臓を全て摘出されてしまった小橋の肉体を元に取り戻すには至難の業。それでも「早くプロレスをしたい!」という思いから、厳しいトレーニング及び食事制限をひたすら行ってきた小橋は、ようやく10月に入り医師から”復帰”が許可される事になり、10.27の武道館大会に姿を現した小橋は「12月2日、高山善廣と組んで、三沢光晴、秋山準組と対戦します!」と発表。以前流れてしまった”幻のカード”がそのまま小橋本人の復帰戦のカードとなりました。
そして、2007年12月2日、日本武道館に”プロレスラー”小橋健太が姿を現しました。病後の必死の”トレーニング”によって鍛え上げれれて不自然に盛り上がっている”大胸筋”と”二の腕の筋肉”。しかし、それに引き換え”あばら骨”がやや浮き出た脇腹、明らかにしぼんでしまった”広背筋(脇辺りから背中に掛けての所謂”逆三角形”を作り出す筋肉)”、そして、頬がやせこけ、目の下に”くま”のようなものが目立っている顔面。確かに、”癌”から立ち上がり、あそこまで肉体を作り上げて復活した”凄さ”はまさに”超人”だと思います。されど、それと同時にもはや”絶対王者”としての小橋建太はもう見られそうにないな、という”悲哀感”を覚えたのも事実。まるで、”ベイダー戦”で腰を痛めて”長期欠場”し、復帰しても得意の”スープレックス”が使えなくなって苦し紛れに”ドラゴンスリーパー”をあみ出してその場しのぎをせざるを得なくなってしまった藤波辰爾や、”B型肝炎”にかかり、復帰してももはや”第一線”では戦えなくなって”前座”に甘んじざるを得なくなったジャンボ鶴田に近いものを感じました。
それでも、小橋は執念で戦い続けました。”動き”は明らかに鈍り、時折”馬場さんチック”な動きをしていても、小橋は必死に起き上がる。”チョップ”にしても、以前は”たった一発”だけで効いていたのが、”病み上がり”のせいもあってか多数叩き込まなければ効かなくなってしまったようにも思えました。それでも、相手が倒れるまで何度もチョップを相手の胸板に赤くはれ上がるまで叩き込む。もはや”執念”としか思えませんね。以前は、相手の”攻撃”にビクともしなかった小橋が、やはり”病み上がり”というのもありますが簡単に吹っ飛ばされて動けなくなるシーンも多々ありました。でも、小橋は立ち上がる! これが”生ける伝説”小橋建太の”真の強さ”、そして”真の凄さ”なんでしょうね。しかし、最後は三沢の”雪崩式エメラルドフロージョン”であえなく”撃沈”されてしまいました。全身が汗ばみ、仰向けのまま動かなくなっていた小橋に対して、”実況”の矢島アナは何を血迷ったのか「小橋建太は勝ちました!」と叫びました。更に続けて「小橋建太が”腎臓癌”に勝ちました。」と叫んだ瞬間、思わず胸に何かがこみ上げるのを感じました。最近の”実況アナ”の中にも、こういった”泣かせる台詞”が言えるアナウンサーがいる事が何よりも嬉しいし、だからこそ”プロレスファン”をいつまでも続けていられるのでしょう。
かつて、中邑真輔が「プロレスラーは強いんです!」と軽々しく口にし、確かに”総合格闘技”においてアレクセイ・イグナチョフを倒してそれを証明して見せましたが、本当の意味で”プロレスラーの強さ”を実証したのは、”一つの腎臓”で肉体を作り上げて、”病み上がり”の状態で大きい”ダメージ”を受けながら何度も立ち上がった小橋建太に他ならないと思います。しかし、今後”絶対王者”としての小橋建太を見るのは少々厳しいように思えるのも否めないですね(悲)
【12.02、小橋建太復帰戦】
〈会場〉日本武道館
〈観衆〉17,000人
(小橋建太復帰戦スペシャルタッグマッチ)
○三沢、秋山(27分07秒 雪崩式エメラルドフロウジョン→体固め)●小橋、高山
(シングルマッチ)
○森嶋(22分58秒 バックドロップ→エビ固め)丸藤●
・・・etc
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- 2007/12/08(土) 13:59:33|
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