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甲斐大泉のカレー屋 ヴィラ・アフガン

ここ最近の多忙と疲れによって、中々書けなかったのですが、この間の日曜日に山梨県の小淵沢の先にある甲斐大泉という所にいって、以前から行こうと思っていた「ヴィラ・アフガン」というカレー屋へ行ってまいりました。

ゴールデンウィークには大阪・神戸方面へ行ってきたのですが、ここ最近の多忙による”疲れ”を癒すために行くにしてはちょっと場違いだったため、本格的な”心と体の癒し”のために急遽山梨方面へ行く事にしました。で、どうせなら今まで行こうと思いながらも中々行く機会がなかった「ヴィラ・アフガン」という店に行く事にしました。中央線で小淵沢まで行き、そこから二駅目の甲斐大泉で降り、歩いて20分ぐらいした所に店がありました。店までの道はなだらかな”上り坂”になっているのですが、高原独特のさわやかな空気の中を歩いていたので対して国はなりませんでした。

その道を20分ほど歩くと古びた洋館のような建物が見えてきました。それが「ヴィラ・アフガン」というカレー屋だったのです。建物の入り口を入り、2階へ上がった所が店になっていました。で、僕が頼んだのがその店の一押しメニューである”ベーコンエッグカレー(1,600円)”です。ガイドブックに写真も掲載されていたのですが、黄身が2つある目玉焼きに大きいベーコンが乗っているもので、実物はそのベーコンの大きさが予想を上回るものだったのに驚きました。”ルー”の方も、ちゃんと”カレースパイス”の効いた昔食べた事のある”カレー然としたカレー”だったのに感動しました。ここ最近は結構凝った味のカレーが多いものの、どうもその”本質”とは程遠いものが多いような気がしますので、純粋に”カレー”の味がするカレーだったので安心しました。

そうめったに行ける所ではないですが、行ってみたいですね。

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ベーコンエッグカレー・・・・1,600円 [甲斐大泉のカレー屋 ヴィラ・アフガン]の続きを読む
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  1. 2007/05/19(土) 13:37:34|
  2. グルメ|
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初めての大阪

一昨日、昨日と大阪・神戸へ行った参りました。実は、自分が生まれて37年間、大阪及び神戸には一度も行った事がなかったのです。てな訳で、今回行く事になったのですが・・・。

正直な感想を言わせてもらえば、”ゴールデンウィーク”に行く所ではない、という事が改めてわかりました(汗) ただでさえ、人ごみが多いはずなのに、”ゴールデンウィーク”ともなれば余計ですからね。しかし、さすがに”地元”の人はそんなにはいないだろう、と思いきや、聞こえてくる”声”は皆”関西弁”というのはどういう事なのだろうか?

まず、新幹線で新大阪まで行き、そこからJR線で大阪駅で降りると、そこから歩いて10分ぐらいの「つるや」というお好み焼屋で食事を取った後、地下鉄で大阪城まで行きました。城内は思ったより広かったのですが、”天守閣”が見えた時はやはり”感動”しましたね。しかし、当初から懸念していたのが、”天守内”での渋滞です。これまで、”ゴールデンウィーク”に松本城とか会津鶴ヶ城へ行った時も中での”渋滞”で苦い思いをしているので、今回のやはり渋滞は避けられないだろう、と予測した所、それ以前に”券売機”の所で既に”行列”が出来ていた状態だったので、結局”天守内”に入る事は諦めました(汗) でも、そこにいた人の多くは”関西弁”だったように思えたのですが、どこから来たのだろうか? 周辺の”県”から来たのだろうか? それにしても、そこまで”大阪城天守閣”に集まるものなのだろうか・・・。

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大阪城

その後、地下鉄に乗り、ホテルのある日本橋で降り、ホテルのチェックインをした後、通天閣のある”新世界”方面へ歩いていきました。で、ついうっかりしてカメラを部屋に置いてきてしまい、”通天閣”を写真に収めることが出来ませんでした(泣) しかも、その周辺には”串カツ”をメインとした屋台風のつくりをした居酒屋が何軒もあって、実はこの手の店を目当てにしていたのですが、これらの店も、どこを見渡しても”超満員”の上”行列”まで出来ている状況です(泣) まぁ、”飲食店”の場合は、地元の人でも多く集まる事はよくありますけど、まさかここまで人が多いとは、「大阪恐るべし!」と痛感しました(泣) 

で、結局夕食は”難波グランド花月”の近くにある「歓鯨屋」という鯨をメインにしていながらリーズナブルな居酒屋でとる事にしました。”メニュー”は”お造り”、”串揚げ”、”おでん”、”しょうが焼き”、”にんにく炒め”、”ベーコン”等があり、その内、ベーコン、串揚げ、おでん、にんにく炒めを食べました。”ベーコン”は最初”肉”の部分のものかとばかり思っていたのですが、”皮”と”脂身”だったんですね。中々今までに味わった事がない不思議な食管でしたね。その他は”肉”を使ったものでしたが、幼い頃に食べていた”硬い肉”ではなく、柔らかくて”牛肉”に近い感じで美味しかったですね。それから、”焼酎”を頼んだのですが、これも”関西”独特の方針なのかは定かではないですが、”セルフサービス”になっていました。で、結局2種類頼んで全部”空”にしてしまったのですが(元々それほど多く灰ってはいませんでしたが)、どのように”金額”を決めているのだろうか? まぁ、でも”トータル”で3,000円ちょっとでしたから安かったのは確かですね。

その後、ホテルから道路を挟んだ所にある「黒門屋」というラーメン屋でラーメンを食べたのですが、その店はカウンターのみのシンプルな造りでしたが、”醤油ラーメン”を食べたのですが、”スープ”もコクがあり、大粒の”背油”が入っていたし、”麺”も細めの”平打ち麺(他に通常の”細麺”もあるが)”、コシがあって中々美味しかったですね。

そして、翌日、道頓堀の方へ行けなかったため、とりあえず歩いて道頓堀まで行って、例のグリコマークの大きな看板を”写真”に撮って
そのまま大阪駅方面まで歩いていきました。

20070506134951.jpg
グリコマークの看板

大阪駅に着くと、JR神戸線に乗って三宮に向かいました。三宮から歩いて港の方へ向かい、まず”メリケンパーク”に入ると、”フリーマーケット”がやっていて、更に奥へ進むと、”屋台”が多く立ち並んでいました。こういう”屋台”を見るとつい”食い気”に走ってしまうのが僕の”悪い癖”でして(汗)、そこで、”タンドリーチキン”、”マグロの串焼き”、”コロッケ”、ついでに”ビール”をつまんでしまいました。そこから、しばらく足を進める”海洋博物館”があったので、そこへ入りました。通常の”展示コーナー”では様々な船の模型の展示や、神戸港の”歴史”を辿った展示物や資料があったのですが、それ以外にも「川崎製鉄(現JEF)」の歴史、沿革に関する展示物、資料を扱った「カワサキワールド」と題された”特別展示室”が設けられていて、近現代における”製鉄産業”の全てと言っても過言ではないくらい、この川崎製鉄が関わってるんだと改めて知りました。

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神戸ポートタワー

それから、”屋台”でいくつか食べ物を食べたにもかかわらず、多少”小腹”が減ってしまいましたので、”ハーバーランド”方面へ向かい、そこにある”モザイク”というアウトレットモールで再び食事をとることにしました。で、実は事前にガイドブックを調べた折に”ブラジル料理”の店が載っていたため、その店で食事をとることにしました。「ブラジリアーノ」というブラジル料理と何故か中華をメインにした”バイキング料理”の店で、フェイジョアーダという肉類を黒豆で煮込んだ料理とビーフストロガノフ、ベーコンとジャガイモの炒め物、サラダ、パスタ、そしてライスを皿に盛りそれらを食べたのですが、やはりその前にいくつか食べているので、後半お腹がきつくなってしまったのは言うまでもありません。

で、食事後、トイレへ行こうにもやはり込んでいて中々あいていなかったし、お腹もきつかったので、時間は早いにもかかわらず、神戸駅へと向かう事にし、その途中にあるデパートのようなT頃へよってトイレを済ますと、神戸駅に行き、まだ時間があったので、JR線に乗ってとりあえずは再び大阪駅で降りたのですが、駅周辺の梅田の辺りは僕の求めているのとは違ったおしゃれな店や高層ビルのある場所である上、やはり人ごみも多かったため、結局何も出来ずに新大阪へ向かい、そこで”お土産”を買って新幹線に乗って帰る事にしました。やはり、最初だからしょうがないけど、欲張っていろんな所へ行こうとしたのが”失敗”でしたね(汗)

今度行く時には、”道頓堀”や”新世界”辺りを重点的に廻りたいと思います。 [初めての大阪]の続きを読む
  1. 2007/05/06(日) 11:58:59|
  2. 旅日記|
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今、中堅達が熱い!

久しぶりに”プロレスコラム”を書きます。

今、”日本プロレス界”に何か”異変”が起こっています。通常であれば、どの団体も”世代交代”の時期にある訳ですから”若手”がもっと活躍しなければならない時期だと思います。されど、どうもまだまだ今ひとつ波に乗り切れていない感が見られるのも事実。そんな折、ここ最近”活躍”を見せているのが”中堅選手”なんです!

まず、”新日マット”においては、ここ最近の新日の”会場人気”を永田と二分している越中、今の新日において最も”勢い”が感じられ、ついに天山を差し置いて”G.B.H”を事実上乗っ取ってしまった真壁、本体の”中堅の要”であり、ここの所バーナード、蝶野などの”大物”から勝利を奪っている飯塚等がそうで、”NOAHマット”においては4.28、日本武道館において三沢の持つ”GHCヘビー級タイトル”に挑戦し、あの三沢を完膚なきまでに追い込んだ佐野です。しかし、彼らがここ最近これだけの”活躍”を見せている要因は一体難なのだろうか?

”中堅選手”という定義には大きく分ければ2つあって、一つは”若手”と”ベテラン”の間にいる選手を指し、もう一つは”トップ選手”と”若手”の間で”脇”にまわっている選手の事を指しますが、事実上は”後者”を指す場合が多いでしょう。では、何故そのような選手が生まれてしまうのか?というと、一つは”体格”に恵まれていない事、次に”ファイトスタイル”が地味である事、そして”お笑い”の要素が強い事。このような選手は、結果として”中堅”のポジションを余儀なく任せられてしまう事が多いですね。しかし、彼らにだって”意地”と”プライド”があって、特に”若手”が今ひとつ波に乗り切れない今だからこそ、”チャンス”とばかりに彼らが一肌脱いだのが今の”中堅ブーム”につながっているのかもしれません。

で、その中で現在最も”勢い”を感じるのが越中と真壁ですが、まず、越中についてですが、彼は本来”中堅”どころか”第一線”で活躍していた選手のはずです。しかしながら、”Jrヘビー”の枠にいたため、”ヘビー転向”後に苦渋を強いられたのは言うまでもありませんね。その反動により、越中は頭を丸めて”平成威震軍”を結成! 当時、”新日本体”の選手会長であった蝶野を中心に”本体”に牙を向いていた訳ですが、今度はその蝶野が”本体”と袂を別って”nWoジャパン”を結成すると、”威震軍"の立場が微妙。徐々に解体されていき、越中ら一部の選手は”本体”と融合し、後藤や小原が”nWoジャパン→チーム2000”と融合する事によって”平成威震軍"は消滅。そして、気が付いたら新日本体の”中堅選手”として、飯塚と共に”闘魂三銃士(橋本、武藤、蝶野)”や健介ら、それから”第三世代(天山、小島、中西、永田ら)”の間の”引き立て役”を余儀なくさせられていました。そして、猪木による強行的な”格闘技路線”を敷かれた事によって更に”不遇”を強いられ2003年に新日本を退団。先に退団した長州が設立した「WJプロレス」に合流するも、興行面で伸び悩みやがてここも退団し”フリー”になります。それから、全日本、NOAH、ZERO-ONE MAXらを経て、ようやく新日本に戻ったとたん、見る見るうちに”会場人気No.1”になってしまいました。現在48歳。むろん、”ものまねタレント”ケンドー・コバヤシの影響力によるものでしょうけど、それにしても48歳にしてここまでの”人気”を得るようになったのはやはり驚異です! そして、それに乗じて彼の”戦い”にも”活気”が宿ってきましたよね。”年齢”を重ねた分”キャリア”を重ねているから”インサイドワーク”も充分にありますし、また持ち前の”精神力”もありますから、変に侮れば中西みたいにやられてしまう危険性はありますね。

それから、真壁もやはり”デビュー当時”は”Jr戦士”として売り出されましたが、彼も”Jr”では大成できないと悟ったのか、”海外修行中”にカルガリーの大剛ジムで”ヘビー転向”を図ります。しかし、真壁が海外にいる間、新日本の状況は一変! 猪木主導の”格闘技路線”によって、”看板選手”であった橋本、武藤が相次いで退団。佐々木健介も”総合格闘技修行”のために渡米。それから、星野勘太郎率いる”魔界倶楽部”に占拠される等真壁が想像も付かない状況に変わってしまいました。更に、棚橋、柴田、中邑といった”新世代”が台頭してきた事によって、帰国後の真壁のポジションはかなり微妙なものだったのは確かです。その後、独自の”ブルファイト”を演じて個性を出すにしても、中々”結果”が付いていかず、結局”ヒール”と”本体”を行ったりきたりする中途半端な状態も続きました。そんな折、”脱蝶野”を図った天山の呼びかけに呼応し、”G.B.H”に加入する事になります。それでも、今ひとつ煮え切らないでいる天山に対して「NEW JAPAN CUP2007」においては天山を襲撃する事によって強引に”勝利”を奪い、ついには”決勝戦”で永田と戦うまでに到ってしまいました。更には、4.08、後楽園ホールにおける中邑との”チェーンデスマッチ”に勝利しています。現時点で、”G.B.H”を動かしているのは天山ではなく真壁であると言っても過言ではないと思います。

その他、飯塚にしても”サブミッション”は得意でも”体格的”に線が細いため、どうしても”決定打”に欠け、更に2001年、全日本との”抗争”において、長井満也の執拗な”キック攻撃”を受けた事によって”脊髄”を負傷し約2年近い”長期欠場”を強いられています。その後”復帰”するもやはり”怪我”に泣かされる事が何度かあり、それらを乗り越え現在”選手会長”となった今、その”責任感”から今の”活躍”があるのだと思います。

佐野は、「NOAH、4.28、武道館大会結果」の記事でもある程度書きましたが、彼も新日本でデビューして、”同期”のライガー”や”後輩”の”闘魂三銃士(橋本、武藤、蝶野)”に遅れをとったために、ジョージ高野らと共に天龍とメガネスーパーが手を組んで設立した”SWS”へ移籍。しかし、この団体も長続きせず、その後は高田率いる”UWFインターナショナル”へ移籍。しかし、新日本との抗争に破れ、全日と手を組むもやがてUインターは崩壊し、”キングダム”を経て”PRIDE”に到りますが、やはり本来”プロレスラー”である佐野は勝手の違う”総合格闘技”にはあまりなじめず、2001年にNOAHに移籍。そして、当初”Jrヘビー”であった体格を”ヘビー級”に増やし、やがて秋山、小橋、そして三沢といった”NOAH主力選手”を脅かす存在にまでなりました。

こうして見ると、現在活躍が目立つ”中堅選手”は、皆それだけの”不遇”や”苦労”、そして”屈辱”を味わっているからこそそれだけ頑張れるんだ、という事が改めて解った気がします。そこら辺の所を、棚橋、中邑、山本や、力皇、森嶋、潮崎、更には諏訪魔も見習うべきだと思います。かつて猪木が”燃える闘魂”として新日本プロレスの”ストロングスタイル”を構築していった背景にも、そういった”何かに対するジェラシー”があったからだと思います。”ジェラシー”こそがプロレスの”原動力”である、という事を上記の4人は今教えてくれているのだと思います。 [今、中堅達が熱い!]の続きを読む
  1. 2007/05/03(木) 10:35:13|
  2. プロレス|
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4.30、全日愛知大会、5.02、新日後楽園大会結果

【全日本プロレス 4.30、愛知県体育館大会】
〈観衆〉4,700人

(三冠ヘビー級選手権)
○鈴木(王者)(13分26秒 スリーパーホールド→体固め)TAJIRI(挑戦者)●
※鈴木が4度目の防衛に成功!

(世界タッグ選手権)
川田、ケア○(王者組)(26分06秒 TKO34th→片エビ固め)ムタ、バンビーロ●(挑戦者組)
※川田&ケア組が初防衛に成功!

(世界Jrヘビー級選手権)
○中嶋(王者)(23分37秒 片足抱え式原爆固め)”brother”YASSHI(挑戦者)●
※中嶋が初防衛に成功!

【新日本プロレス、5.02、後楽園ホール大会】
〈観衆〉2,005人

(IWGPヘビー級選手権)
○永田(王者)(14分11秒 バックドロップホールド)越中(挑戦者)●
※永田が初防衛に成功!

(IWGPJrタッグ選手権)
TAKA、東郷○(挑戦者組)(19分57秒 ダイビングセントーン→片エビ固め)邪道、外道●(王者)
※邪道&外道組が3度目の防衛に失敗。TAKA&東郷組が第18代IWGPJrタッグ王者となる!

ここの所、新日本の会場を最も沸かしている2人による”ヘビー級選手権”は永田に凱歌が上がりました。それにしても、越中の”元気”はどこから沸いてくるのだろうか? かつて”初代IWGPJrヘビー級王者”として高田との死闘を繰り広げ、その後”平成威震軍”を率いて”本体”に牙を剥き、しかし、蝶野が”nWoジャパン→チーム2000”を結成してからは、すっかり”脇役”を甘んじていましたが、ここの所の”活躍”は何なのだろうか? 同時に、同じ”GBH”の真壁や、やはり”中堅の要”である飯塚も活躍しています。先だって、NOAHマットにおいてやはり”中堅”のポジションにいる佐野が三沢を窮地に追いやっていました。今の”日本プロレス界”において、これらの”中堅”の活躍が何故起こるようになったのだろうか? そういった意味でも、今”日本プロレス界”は何かが変わろうとしていますね。

一方、全日本の”三冠戦”ですが、これは明らかに”全日全盛期”の”三冠戦”とは全く”別”のものだと思います。”三冠ヘビー”は、それこそ全日ならではの”大型レスラー”が巻いてこそ勝ちのあるものだったはず、それが事実上”Jr”に近い鈴木とTAJIRIがタイトルを争ってもとても”三冠戦”というイメージがわかないのは否めないと思います。でも、今の全日の状況を考えるとしょうがないのでしょうけど。ここも、誰か”中堅”が頑張らないと駄目なのだろうか? でも、今の全日にそれにふさわしい選手がいるとは思えないし、AKIRAにしたって”Jr”だし・・・。それに、”外人”にしたって、RO'Zにしてもバンビーロにしてもなんか”見掛け倒し”でしかないようですからね(呆)

ちなみに、上記には書きませんでしたが(汗)、ドン荒川が久しぶりに新日マットに復帰して、”第一試合”で平澤と対戦し”勝利”した模様! [4.30、全日愛知大会、5.02、新日後楽園大会結果]の続きを読む
  1. 2007/05/03(木) 10:04:23|
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J-ロックマニアック② 村八分「ライブ+1」

このバンドも、前回書いた頭脳警察同様、名前は聞いた事があっても実際どんな音楽をやっているのかはよく知らないバンドでした。一度は聴いてみたいと思いながら中々機会がなかったのですが、ようやくおととい新宿の「disc union」で入手する事ができました。

このバンドは、”ヴォーカル”の柴田和志と”ギター”の山口富士夫を中心に'69年に結成。'73年にわずか4年で解散。”レコード”より”ライブ”にこだわり続けたバンドのようで、CDも”ライブ盤”しかありませんでした。

”音楽的”にも”ファッション的”にも”サイケデリック”の影響を受けているようで、時代的にもちょうど”ヒッピー”の時代で、また、背景的にも”学生運動”や、”浅間山荘事件”、”よど号ハイジャック”といった”共産主義系クーデター”が勃発した頃に重なります(ちなみに、先述の頭脳警察や、”反戦フォーク(三上寛、岡林信康等)”もこの時代です)。実は、この時既に日本においてはイギリスの”パンクシーン”に先駆けて”パンク”に近いムーブメントがあったようです(実は、世界的な”発明”の多くも、欧米に先駆けて日本人が先に提示したものが多いようです(ブラウン管、飛行機等)。)。そして、かつてCherがSEX PISTOLSに対して「これ村八分と一緒じゃん。」と言わしめたのが有名な話のようです。そう言われると、確かにピストルズに近い曲もありますね(というか、”歌い方”はまさに”元祖パンク”と言えるかもしれません。)。

もっとも、”時代的”には本格的な意味での”パンク”以前のものですが、まさに彼らは”精神面”における”パンク”である事は確かでしょう。今の”形骸化”した”パンクもどき”に群がる日本の若者に一石を投じる意味でも、このバンドを”リスペクト”すべきだと思います。

【村八分「ライブ+1」】
1 夢うつつ
2 どうしようかな
3 あくびして
4 鼻ちょうちん
5 水たまり
6 のうみそ半分
7 馬の骨
8 ねたのよい
9 ぐにゃぐにゃ
10 のびてぶぎー
11 んッ!!
12 どこへ行く
13 にげろ
14 どうしようかな
15 序曲
20070501233258.jpg

[J-ロックマニアック② 村八分「ライブ+1」]の続きを読む
  1. 2007/05/01(火) 23:33:22|
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スーパーpsy野神

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