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全日本、「世界最強タッグ」Part2

【11.29、富山テクノホール大会】
〈観衆〉1,400人

(世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦)
△小島、天山(6点)(30分00秒 時間切れ引き分け)鈴木、NOSAWA△(1点)

(世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦)
○ディーロ、ブキャナン(6点)(13分40秒 ローダウン→体固め)武藤、川田●(6点)

(世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦)
○諏訪魔、RO'z(6点)(16分44秒 ブードゥーロック)ケア、TAKA●(5点)

あらら・・・いつの間にか荒れてきましたね、鈴木組以外は(笑) 今の所”6点”が武藤&川田、テンコジ、ディーロ&ブキャナン、諏訪魔&RO'z、”5点”がケア&TAKA、カズ&中嶋。でもって、”1点”が鈴木&NOSAWA(悲) まぁ、何とか”1点”獲っただけでも良しとしましょうか? いずれにしても、鈴木はこの”リーグ戦”は所詮”お遊び”としか考えてないのでしょうね(笑)

”見かけ倒し”のブキャナンと違って、ディーロの”実力”は侮れないですね。あの川田を倒すとは(驚) 

まぁ、こうして見ると、”1ブロック”に戻ったとはいえ、新日の「G1タッグ」より全然見応えありそうですもんね。やはり、”チーム”としての”説得力”が違います!

[全日本、「世界最強タッグ」Part2]の続きを読む
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  1. 2006/11/30(木) 21:37:00|
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全日本、「世界最強タッグ」開幕!

まず、全日の”公式サイト”にどうやって入ればいいのかわからず、一日間を空けてしまいました(泣)

【11.19、後楽園ホール】
〈観衆〉2,100人

(世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦)
△小島、天山(1点)(30分00秒 時間切れ引き分け)△RO'z、諏訪魔(1点)

(世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦)
カズ、中嶋○(2点)(18分55秒 ジャーマンスープレックスホールド)鈴木、NOSAWA●(0点)

(世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦)
ケア、TAKA○(2点)(14分11秒 横入り式エビ固め)●ディーロ、ブキャナン(0点)

お~っと(古)、”入場者数”は2,100人ですか! 新日の「G1タッグリーグ戦」の”決勝戦”より人が入ってるじゃないですか(笑) やっぱり、チーム構成”で見てもこちらの方が全然面白そうですもんね。新日みたいな”即席タッグ”なんて殆どないし、あっても”武藤&川田”といった”ドリームタッグ”はむしろ”アリ”ですからね。

あまりこれをまくし立てるべきではないのでしょうけど、今”Jrの時代”なんて言われていますが、やはりカズ&勝彦が今年の「最強タッグ」の”鍵”を握っていそうですね。TAKAもディーロから”フォール”を奪ってるぐらいですから、やはり侮れないですね。 [全日本、「世界最強タッグ」開幕!]の続きを読む
  1. 2006/11/21(火) 22:22:05|
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歴史上人物トンデモ説②-徳川家康=信玄の隠し子説-

まず、この説を取り上げる前に”家康替え玉説”について語る必要があるでしょう。いくつかの説がありますが、一説には”家康=生臭坊主説”があり、今川義元が”桶狭間の戦い”で敗れると、当時松平元康と名乗っていた家康は今川家から独立。その時に願人坊主なる”生臭坊主”が現れて、やがて、彼が元康を殺した後、名を”徳川家康”と改め、信長と同盟を結んで”天下取りの道”を歩んでいった、という説があり、一説には”家康=影武者”説があり、隆慶一郎著の”影武者徳川家康”の元ネタにもなっていますが、この小説では主人公世良田二郎三郎元信は”関が原の合戦”の折に刺客に殺された家康に成り代わって、合戦後、家康として”徳川幕府”を開いた、としていますが、”元ネタ”の方では、家康が松平二郎三郎元信(後に元康)と名乗っていた頃に影武者となり、”桶狭間の合戦”後、元康が不慮の死を遂げ、それによって二郎三郎がそれに成り代わって”徳川家康”と名乗り、やがて”天下人”となった、としています。でも、実はこれらの話には”モデル”となる話が存在していたんですよ。それは松平氏の事実上の”始祖”である松平親氏のエピソードをそのままなぞったものではないか?と思えるんですよ。まず、氏親の出自が世良田氏である事。氏親が”僧”徳阿弥として三河松平郷の豪族、松平信重の客人となった事と、願人坊主が松平元康に接近した事が似ている事。それと、そもそも”替え玉”になる前の元康の前名が元信であり”二郎三郎”と称していた部分があまりにも出来すぎているし、実は家康の祖父である松平清康も”世良田二郎三郎”を名乗っていた事から、おそらく松平氏の事実上の”始祖”である氏親の”前名”が世良田二郎三郎であり、それが代々受け継がれていたのではないか?と考えられる事。でも、逆にこの氏親のエピソードが家康の”真の姿”を元にしたとも考えられなくはないです。しかし、だとしたら清康が世良田二郎三郎を名乗っていたのは何故でしょう? 僕が思うに、この氏親のエピソードは、”源氏流新田氏出身”という事だけを除けば後は”真実”だったのでは?と思うのですよ。

となると、これまでの”替え玉説”の”信憑性”は疑わしくなるでしょうね。で、こうなってくると、下記の”謙信女説”と同様に”新たな説”が出てくるもんなんですよね。それが、実は家康はやはり”替え玉”で、その正体は実は武田信玄の隠し子だった、とする説です(笑) おそらく、どうしても”家康替え玉説”を主張したい人の言い分としては、家康の”前半生”と”後半生”の性格があまりにも違う、と言う所にあるのでしょう。”前半生”は”律儀”で”実直”であったのに、”後半生”では”タヌキ”になった。でも、おそらく”前半生”も”タヌキ”だったのでしょう。”タヌキ”がただ”猫”をかぶっていたに過ぎなかったのではないでしょうか(笑) 最も、信玄に隠し子がいたとして、近隣の大名であった徳川家を乗っ取るためにこのような策を取った可能性はあるでしょうけど、だとすると、家康の最終的な”家系”が新田氏になるのはおかしいです。同じ”源氏”の家柄である武田氏であれば、むしろ自分の流れに近い説を出すのが筋ですから。

で、じゃぁ、家康の家が元々駿河・遠江の今川と尾張の織田に挟まれた”弱小大名”松平家から両者の”人質”となり、そして、今川義元が”桶狭間の戦い”において信長に討たれた後その信長と同盟を組み、次第に家康自体も大きな力を持つようになり、信長が本能寺で討たれた頃には事実上の”No.2”の地位にいて、そしてその後”天下”を取った秀吉亡き後最終的に”天下”を治めて”徳川幕府260年間”の礎を築く事ができたのか? という部分に家康が元々只者ではなかった、と考える人が多いのは確かでしょう。おそらくその通りです。そして、家康は表向きには”征夷大将軍”になるために”源氏”の姓を名乗っていますが、実際は秦氏の一族だった可能性が高いようです。そこに”替え玉説”と絡めようとする人もいるのでしょうけど、そもそも、家康の”祖先”である松平氏親自体が”秦氏”であれば何の問題もない話なんです。氏親が新田氏の配下の人間であれば、”南朝方”についた事によって”落人”になった可能性は高いでしょう。そして、事実上”無法地帯”に近かった三河に潜入。”朝廷側”にいる秦氏の”本家”と常に連絡を密にし、室町時代中期、室町幕府内が”権力争い”によって不安定になったのを機に氏親の何代か後の当主がの”戦国時代”をプロデュースしたプロジェクトの一員となって”戦国時代”を動かしていったとすればどうでしょうか? となれば、家康もそうした”プロジェクト”の配下にあり、家康の”今川人質”も初めから”シナリオ”が出来ていたのではないでしょうか? そして、”桶狭間の戦い”においては家康は信長とつながっていて、家康が逐一信長に”情報”を漏らしていた事が信長の”勝因”につながった、とも考えられるのではないでしょうか。

そうなると、そもそも家康が”替え玉”である必要はなくなるのです。家康の背後に常に秦氏がいて、そして、何人もの”影武者”が存在した事を考えれば、”替え玉説”が生まれた要因は全て解決されるのではないかと思います。よって、”家康替え玉説”は無かった、というのが僕の考えです。ましてや”信玄の隠し子説”はちょっと出来すぎていると思うんです。 [歴史上人物トンデモ説②-徳川家康=信玄の隠し子説-]の続きを読む
  1. 2006/11/19(日) 14:12:54|
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歴史上人物トンデモ説①-上杉謙信女説-

最近、コンビニなどに置いてある”歴史本”の中で顕著に見られるのがこの”上杉謙信女説”です。かつては”ホモ説”が囁かれていましたが、最近ではこの”女説”がかなり有力視されているようです。

まず、”ホモ説”が囁かれる発端となったのは、謙信が”一生独身”だった事にあります。当初は”義の武将”として”正義の道を貫くため”、そして”毘沙門天”の生まれ変わりであると信じていた彼のそういったものへの”信仰心”によるものとされてきましたが、”歴史研究家”の中で「戦国時代の武将がどのような理由があれ”妻”を持たないなどあり得ない!」としてこのような説が生まれたのでしょう。事実”戦国時代”は日々”合戦”に明け暮れていたため、戦場に女性を連れ込む事ができない事から”小姓”を女性の代わりにしていたようです。そこで”同性愛”が芽生えてもおかしくない、という説です。しかし、この説には”限界”があり、謙信の”ライバル”武田信玄の軍の中には”女武者”がいた事が判明しているため、女性が”戦場”に行く事は別に不可能ではない事が発覚。それに、実際小姓を”女代わり”にしていた武将の殆どが”実生活”では妻子がいて、普通に”男性”として暮らしていました。だから、”独身”であった事が必ずしも”ホモ”につながるかどうかが”雲行き”が怪しくなったため、”女説”が浮上したのでしょう。

でもって、”女説”にはそれなりの”根拠”が存在しているそうです。①彼の”死”の原因が”脳溢血”ではなく、女性の”更年期障害による夫人病の一種”である”大虫”である、という記録がある事。②合戦中にも関わらず1ヶ月周期で腹痛を訴え、兵を引き部屋に引き篭もったりしている事。③謙信の遺品の衣類を見てみると真っ赤であったり、とても男物とは思えないものを好んで着ており、更に彼が”傾奇者”だった、という記録はないとの事。④謙信が書いた手紙などを見ると、表現や気の使い方が女性的で男性とは思えない事。⑤スペインの国王宛に書かれた手紙には「景勝の叔母」と記載されている。 ⑥当時、民衆の間で「男もおよばぬ大力無双」(男性を差し置いて、またとない強さ)と歌った歌がある。 ⑦当時、女性城主は珍しくなく(例えばおつやの方)、江戸時代に入ってから武家諸法度により初めて女性城主が認められなくなった。そのため江戸時代から今現在に至るまで「城主=男」という常識が存在する事。⑧ 関ヶ原の戦い以前から徳川家と対立しており、やっと許しをもらったばかりの上に、外様大名で立場が弱かった上杉家は大幅に土地を没収されることは目に見えており(実際、米沢30万石に減転封されている)、その上武家諸法度の城主=男により「謙信の代でお家断絶している」と更に言い掛かりをつけられるのを恐れ、謙信が女性という証拠になるものを処分し、無理矢理男性にする必要があった事。⑨ 上杉謙信の肖像画は見るからに男性であるが、これは江戸時代に作成されたもので、謙信を男にする必要があったため不自然にヒゲを生やした男の肖像画を描かせたのではないか?と考えられ、また、江戸時代まで肖像画がなかったという点も不思議で、上記理由により処分してしまったと考えると辻褄が合う事。

以上が”女性説”を裏付けるという”証拠”のようですが、よくもまぁ、唐突にこれだけの”証拠”が出てきたもんですね(汗) その前に”ホモ説”が囁かれていたのに。もし、これらが本当だとしたら、もっと前から”上杉謙信女性説”は存在していなければおかしいのではなかろうか? そうなれば、まず”ホモ説”が出てくる自体がおかしいんです。そして、今までこれらを隠していたとしましょう。でも、”戦国時代”という時代は”表の合戦”と共に”裏の合戦(つまり情報戦)”も盛んだった訳ですから、彼の”ライバル”である武田信玄なんてそういった”情報戦略”を得意としていた訳ですから、その時点で”謙信女説”がその頃から噂されていてもおかしくないはず。更に、上杉家が江戸時代になってから”取り潰し”を恐れてこれらの事を”封印”した、という事に関しても、この時点では当主は景勝です。その”養父?”謙信が”女”だったとしても、秀吉の時代から既に景勝は”大大名”であり、更に”五大老”にも列せられた訳ですから、例え謙信が”女”だったとしてもそれが”お家断絶”の理由にはならないはずですから。景勝が”女”だったら別ですけどね(笑) 更に、上記の”証拠”の中で、①と⑤以外は何も”女”であった根拠にはならないと思うんです。②に関しては、只単に”胃腸”が弱かっただけかもしれないし(笑)、③に関してもじゃぁ、謙信が”傾奇者”でなかった決定的な証拠というのもあるのでしょうか? 僕は”戦国大名”の多くは”傾奇者”だったと考えています(家康は違うと思うが・・・)。④だって平安時代の歌人、紀貫之を考えれば”女性”である根拠にはなりません。⑥が果たして謙信の事を歌っていた根拠があるのでしょうか? ⑦に関しては、おつやの方は表向きには”城主”ではありません。あくまでも”養嗣子”となった信長の五男、坊丸の”後見人”となっただけ。このような例は、源頼朝の妻、北条政子が”尼将軍”と呼ばれた事や、淀君が幼い豊臣秀頼に代わって大坂城を牛耳っていたのと一緒で、正式な意味での”当主”とは言えないでしょう。更に、遠山家は”一豪族”、上杉家は”戦国大名”。”格”が違いすぎます。となれば、”戦国時代”の常識で考えるならば、”女大名”なんてやはりおかしいと思います。それだったら”下克上”の風潮から、当然ながら力のある家臣が家を乗っ取る可能性だってあり得るわけですからね。⑨なんて尚更、そもそも”歴史上人物”の”肖像画”の信憑性が問われるのは今に始まった事ではありませんからね。

いずれにしても、これらは皆”女性説”をまくし立てようとしている連中の”こじつけ”、更には”でっち上げ”のように思えてならないんです。今の”女性飛躍”の背景から考えれば、このような”説”が生まれてもおかしくないですからね。いずれにしても、”女説”がかねてからあったのであれば、”ホモ説”の余地は無いはずですからね。僕は、これらにはもっと別の”裏事情”があるように思えるんですよ。まず、以前書いた事がありますけど(おそらくその記事は抹消されていると思うが(涙))、謙信が”独身”だった事が何も”ホモ”更には”女”である必要は無いんです。”戦国時代”であればこそ、”家督争い”を避けるためにあえて”表向き”には結婚せず、一族から”養子”を迎える事によって”お家安泰”を図った、とも考えられるからです。でも、それでも”実子”でなければダメ!、という家臣の声があったとしたら、その”実子”に家督を継がせればいいだけの話。何を言いたいか?というと、実は謙信には”愛人”がいたと言う記録が確かあったはずなんですよ。それが最近何か無視されていますよね。で、一応は両者は別れた事になっていますが、もし別れていなかったとしたら? 更にその間に”隠し子”がいたとしたら? その子を表向きに”養子”に迎え、それが後に景勝になった、という可能性もあるのではないか?と僕は考えているんですよ。でも、そうなると、謙信の”聖将伝説”に傷が付いてしまうのも確かでしょう。で、僕はそもそも謙信が”義の武将”、”聖将”だった事に”疑問”を感じるんです。

謙信が”義の武将”とされるエピソードですが、まず、越後の隣国である北信濃の豪族、村上義清が武田信玄(当時晴信)に領地を奪われたため、謙信(当時長尾景虎)に助けを求めたため、その”義”のために信玄と戦ったのが所謂”川中島の戦い”です。でも、このような理由で戦をする大名なんて当時は珍しくなかったはずですし、あの織田信長とて”長篠の戦い”なんかはそれに近い合戦だったと思います。いずれにしても、後々”領民”の信用を得るためには”大義名分”は必要なんです。大体、今でもアメリカなんかはこの手を使ってるんだから(笑) 結果、謙信は信玄から村上義清の所領を奪い返す事はできませんでしたが、仮にそれが出来たとしても本当に村上義清にその領地を果たして返すつもりはあったのだろうか? そして、もう一つが「敵に塩を送る」のエピソードです。これは、武田信玄が今川義元亡き後駿河を占領しようとした事によって、今川と同盟を結んでいた北条氏康を中心とした”近隣諸国”の大名達がこぞって甲斐への”塩の道”を止めたのに対して、謙信だけが「信玄の家臣、領民まで苦しめるわけには行かない。」として塩の道を止めなかった、というのがこの話しの元になっているようですが、まぁ、信玄の長年の”ライバル”である事を考えれば、あえて塩を送る事で敵を”油断”させる、という手もあります。そして、その”家臣”や”領民”を自分の所へ寝返らせようとした、という狙いもあったんじゃないでしょうか? いずれにしても、”戦国大名”として生き延びるためには、本当に”義の武将”ではやはり無理があると思います。ただ、それを演じる事が他の武将、それから庶民に対する”アピール”にはなったと思うんですよ。

で、その”義人伝説”を持つ謙信ですが、謙信が”欲”を持たない”義”の人であり、そして”信仰心”に熱い人だった、という性格と似た人が日本史上には一人存在します。それは聖徳太子です。でも、聖徳太子の言い伝えの多くは、実は”原始キリスト教徒”の子孫である可能性が高い秦氏によって伝えられたイエス・キリストのエピソードをパクっただけのようです。そして、聖徳太子の”参謀”には秦河勝なる人物がいました。そして、僕はそもそも”戦国時代”の”プロデューサー”は秦氏だと考えているんで、上杉家の背後にも当然ながら秦氏が存在したと考えています。そうなると、彼らは謙信に対しても”イエス・キリスト”とダブらせようとしていたのではないか?と思えるんですよ。まず、謙信が”一生独身”という説にしても、「新約聖書」には表立ってイエスが結婚していた記事は存在していないようです。されど、イエスが”磔刑”を受けた際に現場にいた”元娼婦”のマグタラのマリアが事実上の”妻”だった可能性が高いとの事。となれば、謙信にも”事実上の妻”が存在し、その上”隠し子”がいた可能性があった事も否定できないのではないでしょうか。そして、”記紀神話”における”最高神”天照大神は表向きには”女神”となっていますが実は”男神”で、しかも、そのモデルがイエス・キリストである可能性が高いとの事です。何故なら、イエスの”磔刑”の場面と、天照大神の”天岩戸隠れ”の場面があまりにも良く似ているからです。そして、上杉謙信が現在頻繁に”女性説”が囁かれています。これらが”偶然の一致”だとはどうにも思えないんですよ。

となれば、です。問題は謙信の”死”です。謙信の死は表向きには”病死”という事になっていますが、本当にそうなのだろうか? 戦国大名の中には表向きには”病死”でも、実際は”暗殺”されたのでは?という噂のある武将は結構いるようですからね。信玄の死にしても、徳川家の記録では徳川の鉄砲隊の放った”流れ弾”が当たって死んだ、とされているようですからね。いずれにしても、ここまで謙信とイエスが似ていることを考えると、イエスが信徒であるペテロやユダに裏切られ、そして同じ”ユダヤ人”に殺された事を考えると、謙信はもしかすると家臣に殺されたのではないでしょうか? そして、その”首謀者”が彼の”隠し子”である事を知った上杉景勝である、なんていう事がもしあったとすれば、それは”一大事”です。まぁ、この説は僕が勝手に思いついた説で、何の根拠もありませんが、もしこれが本当だとしたら、上杉家が隠そうとしていたのは明らかにこちらの方ではないでしょうか。別に謙信が女だからって、”お家断絶”には直接つながらない。でも、家臣とグルになって”義人”とされている”偉大な武将”を殺して、それを隠していた、なんていう方が幕府に睨まれるのは必定ですからね。

まぁ、こんな”オチャラケ”な説は置いとくとしても、一つ言える事は”上杉謙信女説”の背景に”秦氏”あり、という事です! [歴史上人物トンデモ説①-上杉謙信女説-]の続きを読む
  1. 2006/11/19(日) 11:45:47|
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1.4、新日本ドーム大会「レッスルキングダムIN東京ドーム」の全容

なんと、新日本が再び東京ドームにおいて行う正月ビッグイベント「レッスルキングダムIN東京ドーム」に、なんと”長年ライバル(と言っても今はあまり関係ないと思うが(汗)”全日本プロレスが全面協力する事になったそうです。かつて、蝶野が同じ”闘魂三銃士”と呼ばれた武藤や橋本に声をかけ、「三銃士興行」の計画を立てたことがありましたが、それが本格的に実現するような感じになりましたね。

どうやら、これが実現した裏には現在新日の”親会社”となっているユークスの仲介によるものだそうです。何か”薩長同盟”みたいですね(笑) でも、当初は武藤はこの話を断ったそうなのですが、「大きな節目だし、大きなお祭りができれば」と、賛同したとの事です。

で、気になる”カード”の方ですが、現段階ではIWGPと三冠の”両至宝”の防衛戦。そして、”挑戦者”はIWGPが全日から、三冠が新日から選ばれるとの事です。”IWGP”の方は12.10、名古屋大会で棚橋が防衛すれば以前”シングル”で破れている武藤と小島が濃厚。”三冠”の方は鈴木と因縁のある永田、天山が濃厚とか。

う~む・・・(悩) 確かに新日、全日の両団体が手を取り合って東京ドームにおいて”お祭りカード”をやるのは非常にいいと思います。ただ、そうなればもうちょっと”サプライズ”のあるカードが欲しいし、”タイトルマッチ”が必要不可欠だとしたら、もっと盛り上がりそうなカードにして欲しいです。で、何も新日と全日を無理やりクロスさせる必要も無いのではないでしょうか? それより”同団体”の選手で戦わせた方が面白いと思います。それ以外の試合を”対抗戦形式”にすればよいのではないでしょうか。 [1.4、新日本ドーム大会「レッスルキングダムIN東京ドーム」の全容]の続きを読む
  1. 2006/11/18(土) 22:42:47|
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「ハッスル」はプロレスの”救世主”になれるのか?

実は、15日に仕事仲間が知人から「ハッスル・ハウスvol.21」のタダチケットを手に入れたため、それを見に行ってきたんですよ。今までは「ハッスル」は毛嫌いしていたのですが、”タダ”で見れるのであれば一度は見た方がいいだろうと思って見に行く事にしました。

内容的には、あれはあれで結構面白かったと思います。やはり、プロレスを知らない人でも楽しんでもらえるような”工夫”がちゃんとされていたのではないでしょうか。北海道にホームを移した日本ハムがそれほど”野球熱”の無かった北海道民の心を掴むために新庄という”切り札”を手に入れ、そして試行錯誤した結果、今年の”日本シリーズ”で優勝できた事を考えると(参考:「フクフク丸のあずましいblog:札幌ドームの圧力」)、現在これまでより増して窮地に立たされている”プロレス”を救うためには、やはり”素人ファン”の心を掴む事によって次第に輪を広げていくという考えは確かに間違ってはいないと思います。

ただ、それでも”不満”なのは、面白ければそれでいいのか?という点なんです。やはり、従来の”プロレスファン”からすれば、”強さ”と”かっこよさ”は必要不可欠なんです。でも、「ハッスル」の場合はあえてそれを掻き消してひたすら”面白さ”、”くだらなさ”のみをっ全面に押し出しているんです。それは確かに”一見さん”は喜ぶかもしれません。でも、それに続く”感動”を引き起こすためにはどうしても”強さ”と”かっこよさ”は必要だと思うんです。そこに、初めて”プロレスの何たるか”と言うものが表現されるのではないでしょうか。アメリカでWWEが受けるのはその為なんです。しかし、アメリカで今の「ハッスル」のようなものはおそらく支持されないと思うんです。あれでは”エンターテインメント”と言うよりはまだまだ単なる”茶番”でしかないようにも思えるんですよ。

でも、もし今の”日本プロレス界”を立て直すために「ハッスル」を必要とするならば、今の「ハッスル」のスタイルをそのまま続けても意味がないと思います。もう少し発展させて、”くだらなさ”から”かっこよさ”に変えていく必要がどうしてもあると思うんですよ。その為には”ベテランレスラー”や”芸能人”をいつまでも”エース”にするのではなく、本格的な”新人発掘”を行い、そこでただ”面白い”だけの選手ではなくて、”強さ”と”かっこよさ”も兼ね備えた”期待の新人”を今後は本格的に発掘させるべきではないでしょうか。もはや”エンタメ=お笑い”だけにこだわっていてはこれ以上の”発展”は難しいです。現に、今大会では確かに”入場者数”は”満員”でしたが、でもどうも”観客”が徐々に”戸惑い”を見せているようにも思えたんですよ。

いずれにせよ、「ハッスル」はWWEにならなきゃ駄目だと思います。でも、WWEにはない”お笑い部分”も持ち合わせていけば更なる”発展”にもつながるのではないでしょうか。そして、それによって新日、NOAH、全日といった”メジャー団体”に刺激を与え、そして”本流プロレス”が一気に巻き返しをしてくればそれに越した事はないと思うんです。そうなると、やはりどの団体にも本格的な”新エース”の存在を早く作らなければならないと思います。

【ハッスル・ハウスvol.21】
〈日程〉11月15日
〈会場〉後楽園ホール
〈観衆〉

(オープニング)
坂田GMWの”代理”として登場したRGのトーク

(第1ハッスル)
モンスター仮面ブラック、ハッスル仮面イエロー○(高田モンスター軍)(8分3秒 空から黄色い悪魔がふってきた)ハッスル仮面レッド、ハッスル仮面ブルー●(ハッスル軍)

(第2ハッスル)
○ジャイアント・バボ(高田モンスター軍)(7分49秒 バボム)KUSHIDA、\(^o^)/チエ●with海川ひとみ(ハッスル軍)

(セミハッスル)
○ババ・レイ、ディーボン(チーム3D)(17分49秒 3D)坂田亘、崔領二●、RG(ハッスル軍)

(坂田GMW登場)
坂田GMWとRGが入場。坂田のトークの最中にまずNOSAWA論外とMAZADAが乱入。そして、NOSAWAの紹介により、なんと鈴木みのるが登場!

(メインハッスル)
○”モンスターK”川田利明、”モンスターK’”佐藤耕平、赤鬼蜘蛛withカイヤ(9分29秒 ラリアット→片エビ固め)”ハッスルあちち”大谷晋二郎、金村キンタロー、TAJIRI●withニューリン様

(高田総統劇場)
TAJIRIがグランドキャニオンで発見したという”エスペランサー攻略の鍵”をニューリン様に手渡し、それを吹くようにと頼んでいる所、アンジョー司令官が”エスペランサー”に成りすまして登場。騙されたハッスル軍があっけに取られると、バルコニーから高田総統登場。そして、「ハッスルマニア」の宣伝。 [「ハッスル」はプロレスの”救世主”になれるのか?]の続きを読む
  1. 2006/11/18(土) 22:08:12|
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日本人と武道-現代社会における特効薬?-

今日、日本テレビ系で放送された「太田光の私が内閣総理大臣になったら・・・秘書田中」では、関根勤が「小学校に武道の授業を義務化します。」というマニフェストを提示し、それについて議論されていました。まぁ、”学校の授業”というのはやはり押し付けがましいというのと、それが”学校内”で行われている、という時点でその授業の中にさえも先生のブラインドをついた”いじめ”は絶対に行われると思うのであまり意味がないと思います。されど、”武道”そのものは今の子供達にとっては絶対に必要だ、と僕も前々から思っていたんですよ。やはり、今の若者(子供も含めて)に失われつつある”礼儀”、”道徳”、そして”精神力”を養うにはやはり”武道”を身につける事が最も手っ取り早いと思うからです。

先週の放送では「農業を学校の授業で義務化します。」というマニフェストでしたが、考えてみれば日本人本来の”生産手段”は”農業”であり、そして”明治維新”が起こるまで日本を統治していたのは”武士”でした。つまり、”農業”と”武道”こそ、この二つがある意味日本の”伝統文化”である事は確かで、これらがかつての日本人の”礎”煮なっていたのは事実ですよね。でも、今の日本人にはこれらが大きく欠けています。それによって日本人が狂ってしまっているのは確かだと思います。”農業”によって殆どの日本人の”生活”を支え、”武士道”によって”精神性”が築かれてきました。そして、少なくともそういった”文化”が昭和40年代ぐらいまでは続いていたと思います。それが何故なくなったのか?

やはり、”高度経済成長”によって欧米と肩を並べることになった日本は、”仕事第一”、”勉強第一”をスローガンとし、”核家族”が次第に増え、更には”夫婦共働き”、子供の”塾通い”などもあいまって、”家庭でのコミュニケーション”が少なくなった事が原因である事は確かだと思います。そして、”祖父母”との触れ合いが少なくなった事がそこから学ぶ”道徳精神”の欠落にもつながっている事は間違いないと思います。更には、昔は”外”で遊ぶのが普通であったのが、今では室内での”TVゲーム”がもはや常識になってしまいました。それによって肉体が弱くなり、更に”頭”もあまり使わなくなった事でただただそこで味わう”刺激”によってのみ”快感”を感じる事が、今のような”少年犯罪”や”いじめ”にもつながっているんだと思います。

で、それを”軌道修正”するためにはどうすればいいのか? 確かに、一歩間違えば”危険性”もあるかもしれませんが、やっぱり”武道”を幼い頃から教える事によって、それらはある程度は”修復”出来ると思うんですよ。まず、そこで”礼儀作法”を覚え、そこでの厳しい練習によって”体力”、”精神力”も身につき、更には「我が身をつねって人の痛さを知れ。」という”ことわざ”にある通り、自分が”痛み”を味わう事によって、相手に対する”いたわり”にもつながる、という事です。更には、それが”いじめ”や”犯罪”などの”抑制力”にもなるんです。ですから、逆に言えば、学校でこれらを教えるよりも、これらを教わるべき人間がそれらをきっちり教えられる先生の下で指導を受け、教える側もそれ相応の生徒(ある程度純粋な生徒)をある程度見極めたうえでそういった子に指導する、という形にすればよいと思います。そうすれば、”いじめ”もしくは”暴力”をしそうな生徒は端から”門前払い”を受け、そしてそういった”武道”を身につけた生徒達に”威嚇”される事によって、もはや”悪さ”は出来なくなる訳ですからね。

でも、こういったものには”反対意見”も当然ながらあると思います。確かにこれらは見方によっては”武力”に変わりはない訳ですし、やはり、”危険”を伴うのも事実です。そして、今の大人たちも必要以上にそれを危惧するから子供達も日に日に”軟弱”になってしまうんですよ。さらに、PTAによって”体罰”が糾弾された結果どうなった? それによって、ますます子供達の”モラル”が希薄になってしまったわけじゃないですか。やはり、物事の”秩序”を保つためには何らかの”抑制力”は必要な訳で、しかし、”体罰”がダメならもはや”武道”を習わせるより他ないと思うんですよ。

僕は、確かに”武士”という”階級制”には反対ですが、”武士”そのものは好きです。だから、現在”プロレス”や”格闘技”等が好きなのでしょう。”武士”と言われた人は、”ある側面”から見れば”武力”で国を支配し、”武力”によって好き勝手な事をしてきた、という”イメージ”もありますけど、反面”武力”によって国の”治安”を維持してきた部分もあるんです。”武士”なくしては”争い”や”犯罪”などを抑えられない時代もあった訳ですよ。それが”法”の時代へ変わってきた訳ですけど、じゃぁ、今の日本社会において”法”がちゃんと日本の”秩序”を保っていますか? 今の”法”では”限界”が見えてきているのは、様々な”犯罪”、”不正”等が起こっている事を考えれば明白ですよね。もはや、形ばかりの”法”があるだけじゃ何にもならないんですよ。ある程度の”実力行使”はあって然るべきではないでしょうか。

で、「太田総理」の方に話を戻しますが、確かに太田が言うように「日本人は醜いものなんだ!」という事を自覚する必要はあるでしょうし、秋野太作が言うように日本には”武士”、”農民”の他に”町民”もいた、というのもわかります。”ユーモア”が国を治め、人々を”正しい方向”へ向かわせる事も出来るでしょう。されど、今の心の冷め切った子供達にその”ユーモア”がどこまで伝わるかも微妙です。”芸術的感性”でさえ昔に比べると大幅に狂ってきています。そうなると、それらを”正しい道”へ導くための”最短手段”はやはり”武道”を身につけさせる事だと思います。そして、決して”全員”でなくても、”教えがい”のある生徒に教えた上で、そういた生徒達が”性悪”な生徒に向かって彼らの”道”を正す方向へ促して行けばそれでよいのではないでしょうか。 [日本人と武道-現代社会における特効薬?-]の続きを読む
  1. 2006/11/17(金) 23:15:16|
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あらま、こんな事になってしまうとは(泣)

FC2ブログの”サーバー”の一部のハードディスク障害により、大事な大事な記事の多くが消えてしまいました(涙)

いやぁ、僕の場合はかなり”問題発言”ギリギリの記事が多いため、”何者か”に攻撃されたのでしょうか? でも、せっかくここまで苦労して積み上げてきた記事なんで、全て復興出来るよう願いたいです。

まぁ、例え”復興”が叶わなかったとしても、これまで通り好き勝手な事を書きたい放題書かせていただきます! [あらま、こんな事になってしまうとは(泣)]の続きを読む
  1. 2006/11/17(金) 22:04:52|
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テレビタレントの境界線

もはや今更言う事でもないが、”バラエティ番組”なるものが”飽和状態”になった今、本業不明の”テレビタレント”が横行しているのは事実です。元々”俳優”だったのが、いつしか”バラエティ”しか出なくなった人も結構います。石原良純とか、高木美保(後ほど触れるが)とかもそうです。でも、彼らはそれでも元々”芸能人”まだ許せるんですよ。でも、元々”芸能人”でもなんでもない人がいつの間にか”タレント”みたいになってしまった人も結構いる、というのが問題なんです! デビ夫人とか叶姉妹とか、それから細木和子辺りもそうです。でも、最近、というかついこの間本当に頭にきたのがこの女ですよ! 本業は”医者”であるにもかかわらず、その”ルックス”によってテレビ業界がチヤホヤさせてしまったもんだから、図にとって最近では”タレントまがい”の仕事が増えて、更に”キャラ作り”だかなんだか知らないけど変に自分の”美貌”と”知性”をアピールして、更には「4000万円以上稼ぐ男しか興味がない。」なんて言い放つ”勘違い女”! そう、”女医”の西川史子です。

先週の金曜日放送の「太田光の私が内閣総理大臣だったら・・・秘書田中」の中で、冒頭でも上げた”元女優?”で現在”タレント、エッセイスト、農業?”をやっている高木美保が「学校教育の中に農業の授業を加えます。(という内容のもの)」という”マニフェスト”を提示したのですが、これに対して”反対側”の席に座った西川の”クソ女”は、事もあろうに「このマニフェストは今までのなかで一番最低だと思うんですよ。」とぬかし、更には「高木さんがやっている事は本当の農業じゃないんだから(生計を立てていないため)、あなたがやっている事は他の農家の片に対して失礼なんですよ。」おーっと、とんでもない”爆弾発言”しましたよね、この”バカ女”は(呆) じゃぁ、西川さんに問いたいですが、あなたがやっている事は他の”タレント(本格的な芸能人)”に対して失礼だとは思わないんですか? それに、”医者”のクセにいくら”美人”だからそれによってテレビでチヤホヤされたからって”本業”をかまけてテレビに出まくって”醜態”をさらしている事が他の”医者”に対して失礼だとは思わないんですか? それに気が付かないんだったら、この女こそ本当のとんでもない女ですわ(苦笑) さらに、年収4000万以上稼げない男は認めない、みたいなことを言い放ちましたよね。今のこのご時勢で、稼ごうにも中々稼げない人もいっぱいいるんですよ。それに、現在”勝ち組”と呼ばれる人の全てが”自分の実力のみ”で成功したとはいえないと思うんですよ。その生まれた環境とか、あとは”運”だって関係しているはずなんです。あなっただって全てが自分の”実力”のみで今の”成功”があるわけじゃないでしょ! 本当は物凄い”才能”がある人でも家庭の事情で”大学”にいけなくて、結局ちっぽけな職業しか就けずに苦労して働いている人だっていっぱいいるはずなのに、それでも”勝ち組”だけが正しいみたいな言い方しか出来ないんだったら、それこそあなたは”人間”として最低なんだよ!

と言う訳で、”テレビ業界”にいる皆さん、誰でも彼でも”タレント”にすればいいってもんじゃないんですよ! 本業が”タレント”じゃないくせに辺に”キャラ作り”をしようとするからそこに”矛盾”が起こるんです! そして、本当に”しゃれ”にならない事をうかつに言ってしまうんです。で、昨日フジテレビ系の特番「たけしの教育白書」という番組を見たのですが、改めてたけしや爆笑問題の太田の”芸人”としての凄さがわかりましたね。確かに彼らも”毒舌”多いです。でも、それはあくまでも”しゃれ”とわかる範囲で言っているのと、後はそれを言う”タイミング”を見事に計算してのものなんですよね。「ここら辺の範囲なら”ギリギリセーフ”だろう。」という事をちゃんと計算して彼らは言ってるんですよね。それが出来ない状態でいたずらに”毒舌”を吐こうとすれば当然とんでもない方向に行くんだよ! だから、本来”タレント”じゃないデビ夫人や細木和子にも言える事です! でもって、「たけしの教育白書」という番組では”テレビの品格”についても久米宏を交えて討論してましたけど、やはり本来は”常識論”をわきまえた上での”しゃれ”としてテレビで言うべきであって、最近の番組では”しゃれ、本音”だけを伝える番組が増えても”常識論、理想論”を訴える番組が減ってきている事が今の子供達に”悪影響”を与えているのでは?と言う話がありましたけど、結局そこなんですよね。”本音”の前に”建前”があってそこに”理想論”が存在する前提の下での”本音”や”しゃれ”でなければならないのが、”似非タレント”にはその区別がわからないんです!

てな訳で、西川史子! 高木美保に「あなたがやっている事が他の農家に対して失礼です!」と自信を持って言えるのだったら、あなたも”タレントまがい”の仕事を一切止めて”医業”に専念しなさい! [テレビタレントの境界線]の続きを読む
  1. 2006/11/12(日) 13:15:03|
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静岡の旅

3日に静岡の方へ一泊二日で行ってまいりました。

朝8時頃家を出て、小田急線で小田原まで行き、そこから東海道線に乗ってまずは清水で降りました。清水駅近くの「河岸の市」という市場の二階にある「みなと寿司」という店で昼食をとる事にしました。そこで“バイキング(休日80分1,680円)”を食べる事にしました。マグロの赤身、マグロの漬け、穴子?(うなぎ?)、あぶり鮭、スモークサーモン、鯖、しめ鯖、チャーシュー等を2貫づつと、マグロの煮付けたもの、サラダ、フルーツを食べました。ちなみに、平日だと“1,320円(60分)”なのですが、それでも中々手頃な値段だったと思います。

昼食後は、そこから歩いて20分ぐらいの所にある”清水次郎長生家”へ行きました。内部は資料館になっていて、次郎長の生涯を簡単に絵にしたものや、いくつかの写真が壁に貼ってありました。今のヤクザ(暴力団)と違って、昔のヤクザ(渡世人)はいかに“人情”というものを重んじたかがよく分かりました。清水次郎長という人物がいかに凄い人だったのかを改めて知りました。そして、何と言っても”明治維新”後の彼の事業が今の清水市を作ったと言っても過言ではないようですね。”東海道線”の工事にも彼は関わっていたようですからね。

”次郎長生家”を後にすると、静岡鉄道の新清水という駅からその電車に乗って終点の新静岡駅で下車。そこからJR静岡駅の南口に回って16時頃に宿泊先のホテルに到着。少しくつろいだ後、いよいよ待ちに待った”静岡おでん”を食べに街に出ました。まだ時間的にも早かったので少し街をブラブラしていたのですが、ちょうどその日は”大道芸”のコンテストみたいなのがあちこちでやっていたようです。まぁ、それほど興味が無かったのでそれらは全く無視しましたが、17時半頃おでんの店が立ち並んだ”のれん街”の方へ行ってみたのですが、管区人で来た所で「青葉横丁」と「青葉おでん街」の2ヶ所が合ったのですけど、いずれも満員(汗) しかし、「青葉横丁」の方には一軒だけ2、3席開いている店がありましたので、そこへちゃっかりは行ってしまいました(笑)(実は、本当はそこの女将さんは客をそれ以上入れないように断っていたようですが、僕は女将さんが忙しそうにしている隙にこっそり入ってしまいました(汗)) 

実は、この”のれん街”へ行く途中にも通常の居酒屋がいくつかありまして、そこにも”静岡おでん”のメニューが載っていたため「ここのが近いからここにしようか?」とも考えたのですが、やはりせっかくだから”有名”なと頃に行ってしまいました(汗) でも、やっぱり日本人が”マスコミ”に弱いという事がこの”混雑振り”を見て明らかになりましたね(苦笑) まぁ、僕もその口なんで人の事は言えませんけどね(笑い) でもって、これらの”店”の造りは10人座れるかどうかのカウンターのみのこじんまりとした造りでした。そういった意味で、実際中に入ってみると非常に”アットホーム”な雰囲気である反面、若干”自由”が利かない感じもしましたね。通常の店なら”1人”でも全然気楽に入れちゃうんですが、この手の店だとかえって”威圧感”みたいなものを感じました。ですから、最初は「お兄ちゃんおとなしいわね。」なんて言われましたけど(一人客で初めての店なんだから当たり前じゃ!)、後々結構他の客と打ち解けてきて結果的にはかなり楽しかったです。でもって、肝心の”おでん”の方ですが、新宿の”立ち飲み屋”の黒おでんとはやはり”レベル”が違いましたね。もっと”具に”だし汁”の味が染み込んでいたし、更に”牛筋”がちゃんと”肉”の部分が多くてしかも柔らかかったですからね。いやぁ、やっぱ”本場の味”は違いますね。でも、”金額的”には”5,500円”の所を”5,000円”に負けてもらったのはいいですけどちょっと”高い”ですね(汗) でも、まぁ、それだけの”価値”があったのは確かでしょう。

翌日、ホテルを7時半頃出立しマクドナルドで朝食をとった後、東海道線に乗って金谷へ向かいました。9時ぐらいに金谷に着くと、念のために”お弁当”を買って(後で買わなきゃ良かったと後悔しましたが(汗))
、大井川鉄道に乗って1時間10分ぐらいで終点の千頭駅に到着すると、次に井川線という”トロッコ列車”に乗って接阻峡温泉へ向かいました。でもって、”弁当”を買って失敗した、というのはこの電車は”トロッコ列車”ですから車内が狭いため、中で食べると他のお客さんに迷惑が掛かると思って中では食べられず、更に目的地に着いても中々弁当を食べられそうな所が無かったからです。まぁ、僕は以前立山の方でも”トロッコ列車”に乗った事があるため、そちらに比べれば若干物足りなさを感じたのですが、この路線には約90mの落差がある鉄道最大の”急勾配”が存在し、その為に通常の”ディーゼル車”ではなく、”歯車”を使って急坂を走るためにスイスで生まれた”アプト式列車”を連結させてそこを登るんです。これがこの電車の最大の”売り”みたいですね。

そして、1時間少々で接阻峡温泉駅に到着。で、駅の真後ろに「森の露天風呂」という温泉施設があったのですが、前記の通りまず”弁当”をどこで食べてよいか悩み、仕方なく「接阻峡温泉会館」という別の温泉施設の方に向かい、途中に川があるためその川のほとりで食べる事にしました。何とか”昼食”を終えると、「接阻峡温泉会館」へ行きました。”入浴料”は300円と安いのですが、思ったとおり”内風呂”だけでした(汗) でも、温泉そのものは”湯ざわり”もぬるっとしているし、”泉質”がアルカリ性の”重曹泉”という本格的な温泉でした。しかし、やはりそこだけでは物足りなかったので、駅の真裏にある「森の露天風呂」の方に行ったのですが、”電車時間”が結構厳しかったため、実質30分程しか入れませんでした。でも、こちらの方が雰囲気的には全然良かったですね(ちなみに入浴料は700円)。しかしながら、”紅葉”にはまだ早かったようですね。

14時少し前にそこを出立し、終点の千頭駅でお土産を買って16時少し前に出立。そして、”終点”の金谷に着いたのは17時10分ぐらいでした。そして、そこから東海道線に乗り静岡駅に着いたのがかれこれ18時近く。結局、朝8時頃に静岡駅を出て戻ってきたのが18時。静岡県がいかに広い県であるかを改めて感じました。てな訳で、本当は帰りも”新幹線”を使わずに帰ろうと思ったのですが、結局”新幹線”を使ってしまいました(悲)

以前にも書きましたが、僕は”一人旅”は気楽にやり太陽に出来るから好きなんですけど、でもやはり”年齢的限界”を感じたのも事実。何か、いつか”大ポカ”をしそうで気が気でならなくなってしまいました。でも、それでもまだまだ”一人旅”をやめるつもりはありません! [静岡の旅]の続きを読む
  1. 2006/11/04(土) 09:52:25|
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スーパーpsy野神

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