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近況ダイジェスト

ここの所、書くネタはある事はあるのですが、正直書く暇がない!(泣) ここの所、仕事でもプライベートでもバタバタしていたし、また、今年の休日が”飛び石”が多いためスケジュールも立て辛く、どうしても”ブログ”には手が回らない次第でした。

そこで、ここ最近の主だった出来事を”ダイジェスト”で報告いたします。

①10月28~29日に友人と3人で島根~鳥取方面へ旅行へ行ってきました。28日の早朝に羽田空港から飛行機で米子鬼太郎空港へ向かい、そこからレンタカーを借りて石見銀山に向かいました。銀山跡地自体はちょっとした洞窟みたいな印象しか受けませんでしたが、街並み全体が良い風情を醸し出していました。そこから、出雲大社に寄った後、美保関へ向かい、そこにある「美保館」という旅館へ宿泊。夕食はイシガキダイ、スズキ、カンパチ等の刺身が出て非常に美味しかったです。翌日、ホテルの目の前の港で釣りが出来るという事を聞き、釣りをしたところ、強い当たりを感じたので比較的大きなメバルが釣れました。後で旅館の主人に報告したところ、通常ではめったに釣れない大物だとか。ただ、その日に出立しなければならなかったため、メバルは旅館へ差し上げることにしました。旅館を出た後、松江城へ向かい、その周囲の堀を船で廻る「堀川めぐり」をし、その後安来へ向かい「足立美術館」へ入りました。横山大観等の絵画や、北王子魯山人の陶芸品等が展示されていました。それから、鳥取方面へ向かい、鳥取砂丘へ寄った後、鳥取空港から飛行機で東京へ戻りました。

石見銀山清水谷製錬所跡






石見銀山:清水谷製錬所

美保館料理






美保館料理

美保関で釣ったメバル






美保関港で釣ったメバル

松江城堀川巡り






松江城:堀川廻り

足立美術館庭園






足立美術館庭園

鳥取砂丘






鳥取砂丘

②去年辺りから、9月ぐらいになると代々木公園で行われる外国や地方の”食べ物”、”物産”、”パフォーマンス”をテーマとしたイベントへ行くのですが、他にも”B級グルメ”等、”食”のイベントが全国各地で行われています。でもって、先週の日曜日に駒沢公園で行われていた「東京ラーメンショー2011」へ行ってきました。ここでは、混雑を想定して最初に”チケット売り場”で全店共通の食券(一食800円)を買い、それから会場内に入って食べたい店の屋台の前で並んでから、ラーメンを受け取る、という形式でした。最初はルールがよくわからなかったため、一食分のチケットを買い、富山ラーメン「富山ブラック」の屋台に並びました。日本テレビ系で放送されている「秘密のケンミンSHOW」等でも紹介されていたため、かなりの行列が出来ていました。実は、その前日カップラーメンの富山ブラックを食べたのですが、今一つ納得がいかなかったので”本物”を食べる事にしました。”たまり醤油”を使っているため、スープの色は真っ黒ですが、思ったよりすっきりしていて、しかしコクもしっかりあって美味しかったです。

そのあと、もう一度チケットを買い直し、今度は二食分勝ったのですが、まずは、鳥取の「牛骨ラーメン」の屋台の前に並びました。ここの屋台はさほど並んでいなかったのですが、ラーメンを受け取り食べてみると凄く”美味”でした。スープの色は透明に近いほど澄んでいるのに、思っていたよりコクがしっかりしていて、非常においしかったです。そのせいか、後々結構列を作るようになっていました。次に、京都の「無鉄砲」という店と千葉の「中華蕎麦 とみ田」のコラボによる「魂の一杯」の屋台の前に並びました。こちらは、かなりの行列ができていたのですが、ラーメンを受け取ると写真を見るよりもクドそうで、”3杯目”という事もあってかなり食べるのに苦労しました(苦笑) まぁ、最近は「ラーメン次郎」等”背脂+豚骨+魚介だし”という濃厚なスープのラーメンがはやっているようですが、正直僕には味がキツ過ぎるような気がしました。というか、ここまで来るともはや”スープ”じゃありません。まぁ、”ラーメン版スムージーorピューレ”といった感じでしょうか。具材をミキサーか何かにかけてそのままスープに入れたような印象です。でも、それってなんか”誤魔化し”のようにも感じるのです。もっとも、それは人それぞれの”好み”の問題ですから何とも言えませんが・・・。

あとは、”ステージ”の方では、何組かの”アイドルユニット”のライブも行っていましたが、僕はお腹がいっぱいになり過ぎたため、2時ぐらいに会場を去りました。

富山ブラック






富山ブラック

鳥取牛骨ラーメン






鳥取牛骨ラーメン

(その他)ここ2年ぐらい友人とMISSIAのライブを観に行く、という口実で大阪方面へ出かけるのですが、10月9~10にも大阪方面へ行き、事実上の”食い倒れの旅”へ行ってきました。通天閣付近にある”串カツ屋”、天満橋にある”お好み焼き屋”や”ステーキ屋”等へ行きました。やはり、どれも東京で食べるよりも安くておいしいです。さすがは”食い倒れ”の街ですね。 [近況ダイジェスト]の続きを読む
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  1. 2011/11/13(日) 16:07:50|
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”プロレス八百長論”と”上杉謙信女性説”の共通点②

どうも、一つの”章”では収まりきれなくなりそうなので、2つに分ける事にしました。

さて、では、”プロレス八百長論”と”上杉謙信女性説”の”真実”とは何なのだろうか? おそらく、そこには何かしらの”陰謀”的なものがあるような気がしてならないのです。いずれにしても、このような”噂”を流さなければならない”事情”があるのではないでしょうか。

まず、”プロレス八百長論”の背景には、やはり”格闘技ブーム”が関係していると考えるべきでしょうが、その大元は”K-1”や”PRIDE”ではなく、アメリカの格闘技団体「UFC」なんです! おそらく、彼らは”リングス”、”パンクラス”、そして”PRIDE”を通じて日本に”総合格闘技”を浸透させようとしたのではないでしょうか。その一方で、”米国三大プロレス団体”の一角だったWWFが”WWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)と改名し、”WCW(NAWから分裂し、WWFと勢力を2分していた団体)”をも吸収して、もはや従来の”プロレス”ではなく”エンターテンメント団体”として大きく膨れ上がり、やがて”日本侵略”も視野に入れていたのでしょう(というか、実際に何度か日本で興行を行っています。)。ちなみに、日本においては”プロレス”と”格闘技”は”対立関係”に近いものがありましたが、アメリカにおいては”WWE”と”UFC”は特に”対立関係”はなかったと思われます。更に、共に”日本侵略”の構想があったとすれば、両者は”提携”していてもおかしくはないんです。

しかし、アメリカにおける”格闘技ビジネス”と日本における”格闘技ビジネス”とは事情が少し違います。多くの日本人は、それらを単なる”娯楽”としては捉えず、そこに”感情”というものを用いて、やがてそれが一つの”精神”、”思想”につながっていくのです。これこそが、日本における”格闘技”の捉え方なのであり、これは”プロレス”も”K-1/総合格闘技”も”大相撲”も関係なく存在するのです。でも、この事をアメリカが危惧していたとしたら・・・。

アメリカが、”格闘技”及び”プロレス”のビジネスを本気で日本に持ち込もうとした場合、日本人の”格闘技(プロレスを含む)”に対する”楽しさ”以外の必要以上に深い”思い入れ”が正直邪魔である事は確かだと思います。だからこそ、まずは、”プロレス”と”格闘技”を対立させ、その一方でプロレスに関する”暴露本”を出版させるように水面下で動き、そして、”プロレスの象徴”であったはずのアントニオ猪木を”格闘技側”に付けてプロレスを攻撃させ、そして、その後、もはやUFCをも凌ぐ存在にまで膨れ上がってしまったPRIDEと”暴力団”の関係を露呈させ、フジテレビに”放送契約”を断ち切るように仕向け、更にはUFCがPRIDEを”買収”する形で”崩壊”へと導いた、という風には考えられないでしょうか。

しかし、それによって、むしろ多くの日本人は”格闘技及びプロレス”への関心が薄まり、もはや”UFC”及び”WWE”の”日本侵略”自体が”水の泡”と化した訳ですが、実はそれこそがアメリカの”真の狙い”だったのではないでしょうか。アメリカは、日本を”軍事侵略”し、日本人を”骨抜き”にしたつもりでもまだ”格闘技”には興味を示す日本人を危険視し、日本人のそういった”感情”自体を消し去って本当の意味で”骨抜き”にする事こそが、彼らの狙いだったようにも考えられるのではないでしょうか。


次に、”上杉謙信女性説”ですが、この説の背景に小説並びに映画「ダ・ビンチ・コード」が存在する事に注目すべきではないかと思います。この物語の”テーマ”になっているのは”イエス・キリストの血筋”です。トム・ハンクス扮する考古学者の主人公に捜査協力を求めた女性刑事が、実は”イエス”の血を引く女性で、その舞台となっているのは”ローマ・カトリックの聖地”であるバチカンです。でも、これはあくまでも”フィクション”であり、しかも”アメリカ映画”である事に注意しなければならないと思います。これが一種の”情報操作”であり、イエスの”本当の血筋”が別の所にあるとしたら・・・。

で、明治維新の頃から指摘されているのが”日ユ同祖論”です。当時、”貿易商”として来日したスコットランド人のノーマン・マクラウドは、日本と古代ユダヤとの相似性に気付き、調査を進めた結果提唱された説です。日本の神社とユダヤ神殿の共通性、日本人とユダヤ人の風習の類似性等がそこで指摘されました。更に、その後は、天皇家とユダヤ人の類似性や、天皇を陰で支えてきた渡来氏族・秦氏とユダヤ人との類似性も指摘されるようになりました。となれば、日本に”イエス・キリスト”となんらかの関係がある人が渡来してきたとしても別におかしくはないはずなんです。特に、”日本史上の人物”の中で、きわめてイエスに近い性質を備えているのが聖徳太子です。だからこそ、近年ではその”実在性”が疑問視され、当時中国から日本に伝えられたキリスト教の”亜流”である”景教”の影響を受けてキリストにそっくりな聖徳太子が生み出されたのではないか?、という説が有力視されていますが、もし、それでも彼が実在していたとしたら、もしかすると、聖徳太子の中に”イエスの血”が流れている可能性が出てくるんです。

聖徳太子が日本史上”聖人”と呼ばれる人物であれば、上杉謙信も”聖将/義将”と呼ばれた人物です。そして、謙信は”毘沙門天の生まれ変わり”と信じていました。その毘沙門天の化身に”多聞天”という神がいますが、その神はまさに聖徳太子の”特技”とされた”複数の人の言葉を聞き分けられる”という技の出来る神なのです。となると、聖徳太子とイエス・キリストの共通性から考えれば、イエスもまた複数の人の言葉を聞き分けられる事が出来る人物だったのではないでしょうか。となれば、”毘沙門天=イエス・キリスト”となってしまうんです。「そんな馬鹿な話しあるか! だって、キリストは”人間”なんだろ?」と多くの日本人は信じて疑わないでしょうが、イエス・キリストは”神の子”とある事から、”神”としての側面もある、という事ではないでしょうか。それは”人間・イエス・キリスト”に”神・ヤハウェ”の資質を重ねたものなのか、もしくはある説ではヤハウェの”受肉”した姿がイエスだ、とされていますが、そういった形でイエスを”神”に置き換えた場合、毘沙門天と”同一神”となるのではないでしょうか。となれば、謙信が”イエスの末裔”という可能性は十分出てくると思います。

しかし、それらはいずれも”仮説”であり、実証された訳ではありません。でも、もし、その事が実証された場合、最も困るのが”ローマ・カトリックのメッカ”であるバチカン、ではなく、事実上”フリーメーソン”によって世界中のキリスト教の頂点に立っているといっても過言ではないアメリカではないでしょうか。(一応、”フリーメーソン”の中心部はイギリス、とされていますが今のイギリスとアメリカの”立場関係”を考えれば、実際はアメリカこそ中心部である、と考えるべきではないでしょうか。)。だからこそ、彼らは”第二次世界大戦”の際に、広島と長崎に当時見た事もない”原子爆弾”を投下し、日本を”敗戦”に追い込み、そして”連合国軍総司令部(GHQ)”の下で占領したのではないでしょうか。だから、それによってその”真相”を知ったアメリカが、他国に漏れるのを恐れて、当時”北朝鮮拉致問題”で頻繁に北朝鮮の関係者が訪れていた新潟から謙信とイエスの関係を示す物証が発見される事を恐れて、”人工地震”を謙信の支配下にあった”新潟中越地区”に2度も起こした、という風にも考えられるのではないでしょうか(”人工地震”とは、かつてエジソンの”ライバル”で”交流電気”を発明したニコラ・テスラがその”原型”とされる装置を当時発明していたようですが、おそらく現在アメリカが使用しているであろう”人工地震発生器”は、おそらく未公開の”最新兵器”と噂される”プラズマ兵器”の可能性が高いとの事)。

という訳で、僕の”仮説”もあくまでも何の”根拠”もない”憶測”プラス”噂話”に過ぎないものですが、「毒をもって毒を制す!」という言葉がある通り、「噂をもって噂を制す!」というのも”アリ”ではないでしょうか(笑) [”プロレス八百長論”と”上杉謙信女性説”の共通点②]の続きを読む
  1. 2009/07/05(日) 15:15:33|
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”プロレス八百長論”と”上杉謙信女性説”の共通点①

”噂話”・・・、それは常に突飛な所から沸き起こり、そしていつの間にか”真実”、”常識”であるかのように一人歩きして、あっという間に村中、町中、果ては国中にまでも広がってしまう代物です。しかも、「火のない所に煙は立たない。」と言われる通り、こうした”噂”の多くは何らかの”真実”が含まれる場合も多いんですよね。

で、こうした”噂話”には、大きく分ければ”3パターン”あると思うんですよ。一つは、完全に”事実無根”であるが、その”面白さ”だけで広まるもの。2つ目は、そこに微量ながらの”真実”が含まれているもの。そして、3つ目が、そこに今度は何らかの”意図”が関わっているもの、です。

僕が今回取り上げる”2つの例”は、”3つ目のパターン”に相当するものです。まず、僕がこうしたサイトを立ち上げる”きっかけ”となった”プロレス八百長論”。僕が、”インターネット”に加入した時期が、ちょうど”格闘技ブーム”がピークを迎えた時期であり、しかも、”新日本プロレス元レフェリー”ミスター高橋が暴露本「流血の魔術、最強の演技」を出版した後であり、ほとんどの”プロレス系サイト”でも何故か”総合格闘技”の話題の方が盛り上がっていたり、中には”プロレス=八百長?”を思わせるような書き込みもあって、それらを批判すると批判した方が攻撃される、という状況でした。それによって、こういった”プロレス系サイト”も今のプロレス団体と同じように”細分化”されるようになって、やがて個人で”サイト”を立ち上げるに至っています。

そもそも、日本人は”時代の流れ”に流されやすい民族である事はわかってはいるものの、”プロレスサイト”と謳っているサイトがむしろその”敵”とも言える”総合格闘技”の支持に回っている上、更にそれを煽っていたのが所謂”猪木信者”だった、という事が、そうでない”純プロレスファン”からすればこれほど理不尽なものはありません。僕は同時に、その頃”青春パンク/ブルーハーツリバイバルシーン?”だった事もあって、その当時やはり”低迷気味”であった”メタル系”のサイトでこの事を批判したら、”プロレスサイト”と同じような反応が返ってきた、というエピソードがあり、何かしらの”共通性”を感じました。やはり、”時代”とそれを動かす”黒幕”の仕業かな?という疑惑が僕の脳裏に浮かんだのは事実です。

そして、NOAH以外の団体は、ますます”低迷”を隠せなくなり、新日本は一向に”格闘技路線”を抜け出せないまま路頭に迷い、全日本も”人材不足”によって中々”興行収入”も上げられず、ZERO-ONEは”エース”橋本の”長期欠場”が祟って”団体崩壊”に陥り、更にその橋本も他界。そして、PRIDEを主催するDSEが更にそれに追い討ちをかけるべく、米国のWWEを更に”エンタメ色”を強調した「ハッスル」を設立した事によってますます”プロレス=八百長”というイメージは色濃くなっていきました。

しかし、2006年6月5日、PRIDEが暴力団との関係が明るみになった事を理由にフジテレビから”放送契約”を解除され、それによって約1年後にPRIDEは”崩壊”へと発展しました。その事がきっかけとなったせいか、いつしかネットの書き込みから”プロレス=八百長”といった記事は消えうせ、それにそれまで”低迷”の一途辿っていた新日本プロレスも、真壁の健闘があったせいかようやく持ち直すようになりました。そう考えると、こういた一連の背景には、やはり”暴力団”を利用した”格闘技業界”の圧力があったようにしか思えません。

次に、昨今若い女性間では”戦国ブーム”ないし”幕末ブーム”が起こり、こうした歴史好きの女性が”歴女”と呼ばれて、これまでの”オタクブーム”から更に枝分かれしたブームとして起こっているようですが、こうした”流れ”の中で”上杉謙信女性説”も大きく飛躍した事は間違いないと思われます。そして、この手の書き込みも”インターネット”の世界では結構多く、それに対する”否定説”を書いた記事が極めて少ない事も、”プロレス八百長論”とよく似ているんです。ここにも、何らかの”黒幕”がいるような気がしてなりません。

そもそも、上杉謙信が”生涯独身”だったからといって、それが何故”女性説”にまで発展してしまったのだろうか? まず、上杉謙信が”生涯独身”だった理由としては、”定説”では戦国の世を”義の精神”で治めるために、彼が信仰していた”毘沙門天”に誓いを立て、それを成し遂げるまでは”妻子”を持たない事を決意した、という事になっているのですが、昨今ではこれを”疑問視”する声も多いですけど、でも当時の日本人の”倫理観”からすれば、こうした考えは別に不思議でもなんでもない考え方だったのではないでしょうか。それに、謙信は若い頃愛した女性がいた、と書かれた記録もあるようですし、逆にそこでの”悲劇的な別れ”が”生涯独身”につながった可能性も考えられるんです。

しかし、それでも”謙信女性説”が発展する背景には、それを示す”根拠”があるとされ、記録の中には「謙信の死因は”大虫(現代で言う女性の更年期障害)”である。」とか、イスパニア国王宛の手紙の中に記述されていた”偉大なる叔母”という言葉、更にはある記録では「女なのに体が大きく、強い」というような記述があり、それらが”謙信女性説”を裏付ける”根拠”とされているが、これも”プロレス八百長論”と同じで、”暴露本”が書かれたからといってそれを”真実”とする根拠もないために、これらの”根拠”と思わしき記述をそもそも”真実”と断定するのは危険だと思います。そもそも、”証拠”、”証言”の類だってその気になれば”捏造”が可能である、という事を忘れてはいけないのです。

しかも、謙信が”男性”である事を示す根拠も当然ながらある訳で、まず、謙信は幼少の頃高野山にある寺に預けられますが、それ以降も謙信は2度高野山に入山しており、当時は高野山は”女性禁制”だった、という事。それに、女子が”寺”に預けられる事自体が普通はありえません。次に、謙信は”病弱”で”無能”な兄・晴景に代わって家臣達に”次期当主”として迎えられる事になるが、そもそも、”下克上”の時代に”後継者”になる男子がいなかった場合、果たして”女性”を後継者として迎えるだろうか?という疑問があります。更に、謙信は何度か上洛して将軍と謁見しているばかりか、当時の”関東管領”上杉憲政の”養嗣子”となっておりますが、いくら落ちぶれたとはいえ”格式”を重んじるはずの関東管領が”女性”を後継者にしたとは考えにくいです。更には、その謙信が”関東管領”の官位を正式に受けるべく、鎌倉に赴き”鶴岡八幡宮”にて正式に”関東管領”を官位を賜った後、その帰りの道中で、彼の”傘下”となった武蔵の豪族・成田長泰が馬上で出迎えた事に腹を立てた謙信は、多くの人達の面前でその成田長泰を打ちのめしている訳ですが、その時に謙信が”女性”であればその噂はたちまち多くの”敵将”に広まっていなければおかしいんです。駄目押しに、後の上杉家は謙信が”女性”である事がばれれば「武家諸法度」に引っかかって改易される事を恐れて、わざと”髭もじゃら”な謙信の”肖像”を書かせた、と”謙信女性論者”は説明しているようですが、これとて、もはや謙信はとっくに亡くなっていて、”養子”の景勝が”豊臣政権下”では”五大老”の一人に列せられているにもかかわらず、それだけで幕府が”改易”にするとは思えないし、それ以前に、服部半蔵を”忍び頭”として伊賀忍者および甲賀忍者を通して多くの”情報”を得ていた徳川家康が、もし謙信が”女性”だった場合にそれに気づかないはずがないんです。冷静に考えれば、”謙信女性説”がいかに”稚拙”なものかが伺えるのではないでしょうか。

で、この”謙信女性説”が定着したのは、僕の記憶が正しければ2006年~2007年辺りだと思われますが、実はこの背景には、2003年に小説「ダ・ビンチ・コード」が出版され、3年後の2006年に”映画化”されています。一方、2004年と2007年にはかつて上杉謙信が支配していた地域と重なる”新潟中越地区”が2度も地震に襲われています。僕は、この一連の出来事が”一本の線”でつながっているように思えてならないのです。しかも、その背景には”巨大な黒幕”が存在していたのではないでしょうか。

一方、”プロレス八百長論”にしても、単に”格闘技業界及び暴力団”だけが黒幕だったとは思えません。その背後に、というか”PRIDE崩壊”に導いた”真の黒幕”が存在しているように思います。でもって、”謙信女性説”を流した黒幕と実は”同じ黒幕”が関与しているのではないか、と考えているのです。っていうか、これ自体が”他愛もない噂”と思われるかもしれませんが(汗)(次章に続く・・・) [”プロレス八百長論”と”上杉謙信女性説”の共通点①]の続きを読む
  1. 2009/07/05(日) 11:51:20|
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今年のセミ

今更ながら、書くのが遅いですが(汗)、今年のセミは何かがおかしい気がする! 確かに、”異常気象”のせいかもしれないが、何か”鳴き方”も気合が入っていないし、”飛び方”もかなりフラフラしているし、何と言っても今年目だったのはやたらとセミの”死骸”を見かける事です。

確かにセミの”成虫”の寿命は”一週間”と短いですが、今年のセミの多くは、実際”一週間”も生きていないのではないでしょうか? 通常なら、セミという昆虫は”幼虫時代”に土の中で7年近く過し、”繁殖”のためだけに土から出て”成虫”となって繁殖行動を終えた後に約一週間程でその生涯を閉じる訳ですが、その間にオスはメスを呼ぶために精一杯鳴き続け、そしてメスが見つかると”交尾”をし、それが終れば静かに死ぬ、というのが普通のはずなんですよね。でも、今年のセミはの多くはそこまで到っていないような気がします。だって、”鳴き声”がまず張りがないですし、そうなれば中々メスも現れませんからね。更に、そうなれば多くのオスのセミは力尽きて飛ぶのもやっとの状態で、その過程で命を落としたセミが結構多かったように思えます。もしそうだとすれば、これはただ事じゃ済まないと思います!

おそらく、こうなった原因は今年の異常なまでの”暑さ”である事は間違いないと思います。その原因は言うまでもなく”異常気象”にある訳ですけど、今年の場合は更に輪をかけて”北京オリンピック”を開催する関係上更に気象を人工的にコントロールしていた事も明らかになっています。つまり、人間による”環境破壊”によって生まれた”異常気象”を更に人間の都合でコントロールしているときている訳ですから、それが生物の”生態系”に影響を及ぼすのは当然ですよね。もっとも、たかがセミの事でそう大げさに騒ぐ必要は無い、と多くの人が考えるでしょうが、その”たかがセミ”でさえこれだけの”異常事態”を起こすという事は、他の生物だって当然ながら例外ではないと思います。事実、今日本にいる多くのカエルが体に”カビ”が生える病気に冒されているようですからね(恐) 更に、ホタルも”マグネシウム不足”によってお尻の”光”が暗くなってしまっているとの事です。

まぁ、正直”セミの声”は”風流”というよりはただ暑苦しい、と感じる人の方が多いと思われますが、かといってしまりのない鳴き方をされてもしっくり来ませんからね。鳴くなら正々堂々と鳴いて欲しいし。それに、今年ほどセミの”死に際”を見る回数が多い年は今まで無かったでしょうね(哀) こうなると、”人間”という生物がいかに”残酷”か?という事を改めて思い知らされます(悲) [今年のセミ]の続きを読む
  1. 2008/09/07(日) 13:51:51|
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朝はよく鳴くホトトギス

ここのブログはいつも”堅い記事”が多いので、たまには”ユルい記事”も書きたいと思います。

僕は、毎朝4時ぐらいにトイレに行きたくなって目が覚めるのですが、トイレで用を足していると外から奇妙な鳥の鳴き声が聞こえてくるんです。

「ホッ ホッ ホケキキョ!」

最初は滑舌の悪いウグイスだとばかり思っていました。もしくは”朝”だと寝ぼけてそういった鳴き声になるのだと思っていました。しかし、その”鳴き声”が耳について離れないので、気になってネットで”鳥の鳴き声”が聞けるサイトで確認した所、それが”ホトトギス”の鳴き声だと判明しました(一般的には「テッペン タケタカ」とか「特許許可局」と鳴くといわれる)。

”ホトトギス”という鳥は、本来は”アフリカ東部”から”中国南部”に生息し、5月ぐらいになると朝鮮から日本まで渡ってくるそうです。だから、今の時期に彼らの”鳴き声”を耳にするのでしょう。更に、彼らの”ウグイス”を滑舌を悪くしたような独特の”鳴き声”も、実は彼らは”子育て”が苦手なようで、ウグイスの巣に卵を産みつけてウグイスに雛を育てさせる習性があるから、という事だと思います。

しかし、どうも”ホトトギス”という鳥はあまり鳴かない、というイメージが我々日本人には植え付けられているようですね。というのも、有名な歌の中に

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

とか

「鳴いて血を吐くホトトギス」

というものがありますからね。

でも、このような珍しい”鳴き声”を毎朝聞けるなんてなんて僕は”幸せ者”なのだろうか? いや、めったに聞けないものが聞ける、という事は裏返せば”環境破壊及び地球温暖化の警鐘”とも取れるかもしれません(恐)

ホトトギス


※ホトトギスの鳴き声を聞きたい方はこちらをクリックしてください! [朝はよく鳴くホトトギス]の続きを読む
  1. 2008/06/22(日) 10:03:30|
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スーパーpsy野神

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